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2011年6月18日 (土)

「呼びかけ」の本義

日本語の人称代名詞は使用規則があいまいである。

だから、目の前にいる人をどう呼ぶべきか、日本語話者は頭を悩まさなければならない。

逆に、人から自分のことをどう呼ばれたらうれしいか?

家族の場合は別として、ふつうは「前田さん!」と姓で呼ばれることが多い。
これは比較的ニュートラルな呼びかけだから、気分的にはうれしくも悲しくもない。
心に余計な負担がかからないから楽である。

「前田敦子さん!」とフルネームで呼びかけられるのは、いきなり自分の存在をわしづかみにされる感覚に襲われるので、役所や病院だけにしてほしい。

同様に、突然「あなた!」と呼びかけられるのも心臓に悪いので、できればご遠慮願いたい。

反対に、「先生!」と呼ばれるのはえらくなった気がしてうれしい。
「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」という川柳もあるが…。

むかしはキャバレーではホステスさんから「社長!」と呼びかけられた。
いまはキャバレーそのものがないから「社長」と呼ばれることもない。
さびしい。

これまでずっと「呼ぶ」という動詞を使ってきた。
わたしたちは毎日、人を呼んだり人から呼ばれたりする。

当たり前のことのようでいて、人をどのように呼ぶかということはなかなか厄介な問題だ。
呼ばれるその人について、呼ぶ私がどのようにとらえているかがわかってしまう。

ここで、日本語の「よぶ」という動詞について考えてみたい。

まず、声に出して注意を喚起するという意味がある。
「必死で名前をよんだのだけれど、あの人は気がつきませんでした」
これは物理的行為としての意味をあらわしている。

つぎに、招待するという意味がある。
「日曜日のパーティーには大島さんをよぼう」

「招待する」と似ているけれど、「巻き込む」、「巻き起こす」という意味もある。
「嵐をよぶ男」なんてセリフがある。

これに強制力が加わると、召喚するという意味になる。
「警察は参考人をよんで事情を聞いた」

さらに、命名するという意味もある。
「これからは、この犬をムサシとよぶことにしよう」

命名に似ているけれど、定義するという意味もある。
「この感情を恋愛とよんでいいのだろうか?」

こうして並べてみると、「よぶ」という動詞の原義は「人を発話者の身近に引き寄せる」ということではないだろうか?

「招待」であれ「召喚」であれ「巻き込み」であれ、人を自分のなわばりの中に引きずりこむという点では結果的に同じである。
そして、引きずりこむということはその人を支配することにつながっていく。

そう、「よぶ」という動詞には、意図するにせよしないにせよかすかな権力意思が内在している。
さらに「命名する」や「定義する」になると、ある決定的な力の作用を確実に感じ取ることができる。

たぶんこのことあるがゆえに、「人を呼ぶ」という行為にはデリケートな問題がつきまとうのだ。

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