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2011年6月26日 (日)

「呼びかけ」の本義(その2)

前回は、日本語の「よぶ」という動詞について考えてみた。
その結果、「よぶ」の原義のなかに「よぶ」人の権力意思を検出することができた。

そうである以上、「呼ぶ」-「呼ばれる」の関係は非対称である。

上の者が下の者を呼ぶことは比較的たやすいが、その逆は神経を使わざるを得ない。
少なくとも日本語の世界では…。

「甲野君、これちょっとコピーして来て」
「課長、コピーが出来上がりました」

かりに課長の名前が宗近さんだったとしても、部下の甲野君は「宗近さん、コピー出来ました」とは言えないのだ。
まして、「宗近糸子さん!」なんてフルネームで呼びかけるとただではすまない。

時々「上司に対しても名前で呼ぼう!」なんて運動を始める会社があるけれど、長続きしない。
「呼ぶ」-「呼ばれる」の非対称的な関係は変わらないからだ。

下々のものが、貴人に対して呼びかけるのは非礼に当たる。
という観念は日本だけでなく多くの言語圏で共通している。

どうしても呼びかける必要がある場合は間接的な婉曲表現を用いる。
だから、女王陛下は「Her Majesty the Queen」になる。

戦前は「かしこきあたり」なんて言いかたもあった。
ここまでくると婉曲表現の極致である。

ところで、日本語の「呼ぶ」に対応する英語の動詞は「CALL」だろうか?

「CALL」もずいぶん多義的な語彙だ。
その中には「命名する」、「召喚する」という意味もある。

この点、日本語の「呼ぶ」と同じである。
「命令する」という意味も含んでいることを考えれば、日本語の「呼ぶ」よりもさらに権力的性格が強いのかもしれない。

そのせいか、英語の「CALL」には神さまの影がつきまとっている。
神さまがあなたを「呼ぶ」、あなたを「CALL」する、これは日本語では「召命」と訳されている。

「CALLING」は日本語では「天職」と訳されたりする。
天にある神さまがあなたに命じた職業、という意味だ。

「召命」にしろ「天職」にしろ、わたしたちはこれを謹んで受けるほか選択の余地がない。
なにしろ、唯一絶対の神さまがわたしを「呼んで」いるのだから。

「CALL」と比べて日本語の「呼ぶ」には、このようなニュアンスはまるでない。
このことから、日本語話者はあまり神さまを意識しない人々であることがわかる。

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