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2011年6月13日 (月)

日本語と人称代名詞

「わたし」と「あなた」と「かれ」が渾然一体となった境地。
「わたし」と「あなた」と「かれ」という人称代名詞をことさらに用いなくてもいい人間関係。

これが日本語話者の理想だ、というのが前回のお話だった。

うわべには出さなくてもそんな理想を心の奥底に秘めているものだから、日本語話者はどうしても人称代名詞の扱いがぞんざいになる。

いい加減になる。
でたらめになる。
他の言語圏のような厳格な人称代名詞の使用規則がない。

私自身、自分のことを指すのに「わたし」も「ぼく」も「おれ」も使う。
使い分けのルールもあるようでない。
その時の気分次第とでも言えばいいか…。

そういえば、「自分」ということばも一人称代名詞として用いることがある。

上官に向かって、「自分は長州の出身であります!」などと申告する。

ふしぎなことに、「自分」は二人称代名詞としても使える。
関西では、「これ、自分の傘やろ?」と相手に言ったりする。

夕暮れどきの公園の片隅で、五歳くらいの男の子がべそをかいている。
そこに、たまたま買い物帰りの中年女性が通りかかった。

彼女はその男の子にこんな風に話しかける。

「ぼく、どないしたん?」
「お母ちゃん、どっか行っておれへんねん…」
「そうか、ほな、おばちゃんが捜したるさかいな、ここでじっとしてるんやで…」

やや関西方言的ではあるが、彼女は男の子の立場に立って人称代名詞や親族呼称を用いている。

英語のように、いかなる状況であれ自分のことは「I」、相手のことは「YOU」という絶対的基準に縛られない。
人称代名詞や親族呼称は状況に応じ、相対的に使用される。

上の例では、男の子と中年女性は「わたし」と「あなた」という対面的状況にはない。
女性は幼い男の子の内面に溶け込み、かれの内部から語りかけている。

これは、冒頭でお話しした「わたし」と「あなた」が渾然一体となった境地にほかならない。

日本語の特徴がよくあらわれた会話例だけれど、英語圏の人々から見れば何とでたらめな人称表現!ということになるかもしれない。

でも、これでいいのだ。
日本語はそもそも人称代名詞など使いたくないのだから。

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