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2011年5月 9日 (月)

「あなた」と「おたく」

日本語話者ならだれもが感じているように、「あなた」という人称代名詞は使いにくい。

というのが前回のお話だった。

しかし、「あなた」のカジュアル形である「あんた」になると、「あなた」につきまとう疎遠の感覚がほとんどなくなるからおもしろい。

「そうか、あんたもずいぶん苦労したんやんなあ…」なんて語りかけられると、しみじみ心にしみるものを感じる。
ただし、やや方言的雰囲気があるから使える場面は限られる。

ところで、目の前にいる見ず知らずの人に対しては、どう呼びかければいいだろうか?

たとえば、特急電車の向かいの席に座っている人が財布を落として気づかないでいるというケース。
もちろん名前はわからないから、「○○さん」と呼びかけるわけにはいかない。

「あなた」は相変わらず使いにくいし、かといって「あんた」もくだけ過ぎて失礼の感がある。

さいわい相手が80歳くらいの老婦人なら「これ、おばあちゃんのとちがう?」と親族呼称を流用することで事なきを得る。

同じく相手が10歳くらいの男の子なら、「これ、ぼくの財布やろ?」と、本人の視点に立った人称代名詞を用いることができる。
ただし、この言い回しには関西方言的な雰囲気を感じる。
全国的には通用しないかもしれない。

問題は相手が老婆でもなく子どもでもない場合である。

やはり、「おたく」が一番言いやすいかもしれない。
「あのう、これおたくのじゃありません?」

「おたく」という呼びかけ表現はオタクの人たちが愛用する、ということで一躍有名になった。
聞くところによると、海外にまで流布しているということだ。

目の前にいるこの人は、どうやら自分と同じこだわりの世界に住んでいるらしい。
しかも相当マニアックな雰囲気を漂わせている。
これは何としてもお近づきになって、濃密な情報交換をしなければ…。

こんな時、「あなた」という疎遠感のある呼びかけはまったく逆効果である。
そこで、このオタクが苦しまぎれに考えだした呼びかけのことばが「おたく…」だったのだ。

もしも、「あなた」が英語の「YOU」のように使いやすい人称代名詞であったなら、かれは「おたく…」と呼びかける必要がなかった。

ひいては、日本のオタク文化も生まれることはなかった。

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