« 名前と文字(その2) | トップページ | 「あなた」と「おたく」 »

2011年5月 2日 (月)

「あなた」の謎

あなたは目の前にいる人に向かって、「あなた」と呼びかけることはあるだろうか?

あなたが女性なら、多少そんなケースはあるかもしれない。
特に年配のご婦人なら言いそうな気がする。

「まあ、いい柄じゃない。あなた、ちょっと試着してごらんなさいよ」

でも、男性はほとんど使わないと思う。
国会論戦でたまに耳にする程度だ。

「この問題は、あなたがた与党の責任ですよ!」

少なくとも私はほとんど使わない。
ふつうは姓で呼びかける。

「山田さんはどんなスポーツがお好きですか?」

「山田さん」の部分を「あなた」に入れ替えてみる。

「あなたはどんなスポーツがお好きですか?」
文法的にはまったく問題ないけれど、いかにも教科書的で何だかぎこちない。

少し前に、いきなりだれかからフルネームで呼ばれるとぎょっとするというお話をしたけれど、「あなた」にはフルネームと似たところがある。

いきなり「あなた」なんて呼びかけられると緊張する。
何か問い詰められるのではないかと身構えてしまう。
まことに挑戦的なニュアンスを感じる。

話しことばでは使いにくいが書きことばでは全然問題ない、という点でも共通している。
このテキストの冒頭に「あなた」が出てくるけれども、これも書きことばゆえに問題がないのだ。

もっとも基本的な人称代名詞であるはずなのに、話しことばの「あなた」はどうしてこんなに使いにくいのだろう?
フルネームと同様、「あなた」にも相手の存在をわしづかみにする威力があるのだろうか?

「あなた」は二人称代名詞のほかに、遠いところを指す指示代名詞の意味もある。

山のあなたの空遠く、「幸」住むと人の言う…。

上田敏の訳詞にもあるこの「あなた」である。

だから、目の前にいる人に向かって「あなた」と呼びかけるのは、「この人は私にとっては縁のない遠い人だ」と言っているのと同じことになる。

そんな疎遠の感覚が、「あなた」を使いにくくしているのかもしれない。

それにしても、なぜこんな問題の多い語彙が基本的な二人称代名詞の地位におさまったのだろう?
考えてみればふしぎである。

|

« 名前と文字(その2) | トップページ | 「あなた」と「おたく」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 名前と文字(その2) | トップページ | 「あなた」と「おたく」 »