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2011年5月23日 (月)

「わたし」と「あなた」(その2)

日本語の「わたし」と「あなた」は、基本的な人称代名詞でありながら使いにくいことばである。

というのが、ここしばらくのテーマだった。

使いにくいから、「おれ」や「おまえ」、「ぼく」や「きみ」、「それがし」や「おぬし」のような代替語が次々に開発されてきたのか?
それとも、豊富な代替語があったから「わたし」と「あなた」は一向に洗練されぬまま、さらに淘汰もされぬまま今日に至ったのか?

この因果関係、みなさんはどう思われます?

いずれにせよ、これにひきかえ英語の「I」と「YOU」は、音感的にもシンプルで美しい。
フランス語やドイツ語や中国語の人称代名詞もシンプルで美しい。

しかし、世の中いいことづくめではない。

たとえば、英語の会話は次のように進行する。

「あなたのお名前は?」
「わたしの名前はマーク・ミラーです」
「あなたはいつ日本に来られましたか?」

ここでは、「わたし」と「あなた」を軸に会話が展開していく。
そもそも、「わたし」と「あなた」という人称代名詞がなければこの先も会話が成り立たない。

そして、この先会話をたどっていったとしても、「わたしが」、「わたしの」、「わたしを」、「あなたが」、「あなたの」、「あなたを」という人称代名詞がわずらわしいほど登場する。

日本語話者の感覚として、この場には「わたし」と「あなた」しかいないのだから何もいちいち人称を言い立てる必要などないのに…と思ってしまう。
しかし、英文の構造上省略しようがない。

だから、「I」や「YOU」という発音しやすい1音節語なのだ。
発話者の身体感覚と一体化した語彙なのだ。

あるいは最初の因果関係と同じように、「I」や「YOU」があったからこのような文法構造が成立したのか…?

いずれにせよ、つねに「我」と「汝」を意識しなくては会話が進まないというのも考えようによっては窮屈で息苦しい。
これはこれで、お気の毒なことなのだ。

これに対して、日本語の会話は次のように進行する。

「失礼ですが、お名前は?」
「マイク・ミラーと申します」
「ミラーさんはいつ日本に来られましたか?」

英語とは反対に、日本語話者は会話の中から「わたし」と「あなた」を追放してしまった。
特に「我」と「汝」を意識しなくても会話はどんどん進む。

「わたし」と「あなた」の間に垣根のない対面状況。
「わたし」と「あなた」を区別する必要のない関係。
「わたし」と「あなた」が融合して、眼前するふたりがひとつになる世界。

わたしたち日本語話者の先祖はそれを望んだのだ。

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