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2011年5月30日 (月)

「かれ」と「かのじょ」

「わたし」と「あなた」の会話の中で、第三者が登場することがある。

「この前、藤井さんのお見舞いに行ったんだけど…」
「そう、あの人、具合どうなの?」

「だいぶ元気になってたよ」
「そう、よかった!私も藤井さんのことずっと心配してたの」

英語なら、三人称代名詞「HE」または「SHE」が出てくるところだ。

ここで、「かれ」または「かのじょ」という三人称代名詞を用いることも可能だし、実際使う人もいる。

しかし、「あの人」や「藤井さん」の部分を「かれ」に置き換えると、どうしても翻訳調になることは否めない。
妙にわざとらしく、よそよそしくなってしまう。

だいいち、「かれ」はともかく「かのじょ」は完全な翻訳語なのだ。

辞書を引いてみると、明治以前は男女を問わず「かれ」が三人称代名詞だった。

夕暮れ時、向こうから人がやってくる。
でも、光が乏しく男なのか女なのかも判然としない。
だから「誰そ、かれ?=たそがれ」という、その「かれ」である。

明治に入って、「かれ」に「女(じょ)」という字音語をマーカーとしてくっつけて「かのじょ」が出来上がった。

その結果、今日の「かれ」や「かのじょ」はただの人称代名詞というよりも、より男女関係の意味的バイアスが強い語彙に変化してしまった。
たとえば、「かのじょいない歴3年」とか「わたしのかれは左利き」など(出てくる例が古い!)。

「かれ」や「かのじょ」が使いにくい理由のひとつはこれだけれど、実はもうひとつある。

同じ辞書によれば「かれ」には遠いところをあらわす指示代名詞の意味もあるらしい。
なんと、「あなた」と同じなのだ。

たしかに第三者について「かれは…」という代名詞で言及をはじめると、どうしても対象と距離を置いて客観的に評価しよう、という気分になってしまう。

「かれはまじめな男なんだが、ちょっと気が利かなくてねえ」

日本語話者は、会話の中から「わたし」と「あなた」を追放した。
「かれ」と「かのじょ」も歓迎されない。

日本語は人称代名詞を排除する言語なのかもしれない。

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