« 「あなた」と「おたく」 | トップページ | 「わたし」と「あなた」(その2) »

2011年5月15日 (日)

「わたし」と「あなた」

日本語の「わたし」と「あなた」。
これは対面状況にあるふたりの人間がおたがいを認知するための基本的な人称代名詞とされている。

にもかかわらず、日本語の日常会話の中では「あなた」は使い道がない。

たとえば、日本語の会話は次のように展開する。

「失礼ですが、お名前は?」
「マイク・ミラーといいます」
「ミラーさんはいつ日本に来られましたか?」

「あなた」という人称代名詞はどこにも出る幕はない。
なぜ使い道がないか、この点については前々回少し考えてみた。

「あなた」ほどではないにしろ、「わたし」にもどことなくよそよそしい雰囲気がつきまとう。
まして「わたくし」になると、もっと近づきがたい。

女の子は小さい時から「わたし」を使うけれども、男の子はなかなか「わたし」が使えない。

自分自身の経験をふりかえっても、「わたし」が使えるようになったのは就職して実社会に入ってからのことだ。
「わたくし」になると、今でもあらたまった席でのスピーチでしか使わない。

つまり、自覚して意識しないと口から出てこないことばなのである。
こんな一人称代名詞なんて他の言語にはない(と、言い切ってもいいような気がするのだけれど…)。

英語なら「I」と「YOU」。
1音節の発音しやすい語彙である。

フランス語でもドイツ語でも中国語でも、同じように1音節の発音しやすい語である。
ほかの言語は知らないけれど、似たようなものではないか?

特に意識しなくても、身体の中から自然ににじみ出てくることば。
つまり、発話者の身体に密着したことばである。

人称代名詞はことばの中でも基本中の基本なのだから、本来こうでなくっちゃ!

それにひきかえ、「わたし」と「あなた」は3音節である。
「わたくし」なら、なんと4音節もある。

日本語だって、昔は「あ」と「な」だった。
これなら、「I」や「YOU」と同じ1音節の発音しやすい語である。

それなのに、いつしか音節数がどんどん増え使い勝手の悪いことばに変化してきた。
だんだん、わざとらしい、よそよそしい語彙に変わってきた。

日本語の世界では、なぜこんな不思議なことが起こるのだろう?

もちろん英語とはちがって、日本語には「わたし」のほかに「わし」も「おれ」も「ぼく」もある。
だから、「わたし」は特別な場面にだけ用いるハレのことばとしてたてまつられてきた。

そんなふうに理解できぬこともない。

しかし、公平に考えて万事「I」で片づける英語のほうが発話上の負荷ははるかに少ないはずである。
どうして、日本語話者はこんな簡単な言語の経済学がわからなかったのだろう?

いまさら、愚痴を言っても仕方がない。

ともあれ、日本語の人称代名詞は単純化の方向へは進化しなかった。
逆に無数の人称代名詞を生成するという複雑化の方向に進化を遂げた。

もちろん、この対照には日本語社会と英語社会における人間関係のあり方が投影されているのだと思う。
しかし、この違いを生み出したメカニズムを説明することは私には余りにもむずかしい。

|

« 「あなた」と「おたく」 | トップページ | 「わたし」と「あなた」(その2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「あなた」と「おたく」 | トップページ | 「わたし」と「あなた」(その2) »