« 名前と文字 | トップページ | 「あなた」の謎 »

2011年4月25日 (月)

名前と文字(その2)

話しことばでは、人のフルネームは極力忌避される。
これに対して、文書はフルネームを堂々と要求する。

このきわだった対照!
ここに、書きことばと話しことばの性質の違いがよくあらわれている。

書きことばは対面状況に依存しない。
そして時空間の制約を超えて正しく伝えられることを本領とする。

「山田」さんではだめなのだ。
「山田太郎」さんでなければ…。

わたしたちはそのことがよくわかっているから、書類にフルネームを書き込むことに抵抗がない。

話しことばは対面状況に依存する。
ある時、あるところで成立する一期一会の出来事である。

その時大切なのは、時空を超えた真理などではない。
「わたし」と「あなた」が響きあう「共感」の感覚なのだ。

ふたりはおたがいの息のぬくもりが感じられるほど近くにいる。
フルネームなど、何の必要もない。

「山田太郎」さんではだめなのだ。
「山田」さんでなければ…。

目の前にいる人に向かって、「山田太郎さん!」なんて呼びかけてごらんなさい。
たちまちふたりの間に冷たいすきま風が吹き始めること必定だから。

では、どうすればいいか?

少なくともフルネームだけは避けたい。
とりあえず「山田さん」と姓だけで呼ぶ。
これによって、少なくともあからさまに相手を特定することはしないですむ。

できればそれもしたくないものだから、相手が目上なら「先生」や「課長」など職名で代用する。
「課長、あしたの会議の資料は…」

気の置けない同僚や友人なら、愛称が重宝される。
「山ちゃん、今度の日曜花見に行こう!」

いずれにせよ、日本語話者は目の前の相手をどう呼ぶべきかいつも気にしなければならない。
その点、英語なら万事「YOU」でOKだ。
つくづくうらやましい。

書きことばの場合、書き手の前に相手はいない。
だから、名を音声化する時の葛藤や緊張を経験しないですむ。

話しことばにとってフルネームはタブーだけれど、書きことばにとってフルネームは力強いよりどころだ。
だいいち、手紙の表書きにフルネームを記入しなければ相手に届かない。

考えてみれば、日本語の「な」は文字そのものをも意味しているのだった。
それは名前と文字言語の親しい関係を象徴している。

|

« 名前と文字 | トップページ | 「あなた」の謎 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 名前と文字 | トップページ | 「あなた」の謎 »