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2010年10月24日 (日)

地名と意味

地名は固有名詞である。

だから、対象をきちんと明示できればそれでいい。
地名そのものに特に意味はなくてもかまわない。

ただの符牒、と割り切ることもできるし、それでいいと考える人もいる。

げんに私だって毎日「たるみ」駅を乗り降りするたびに「水」のイメージを思い浮かべるわけではない。

「JRたるみ駅で降りて、タクシーに乗ってください」と知人に道案内するときは、ただの音声記号として扱っている。

それでも、幸か不幸か日本の地名にはたいてい漢字表記がある。
「垂水」という表記を見たとたん、意味が立ち上がり「水」のイメージが浮かんでくる。
さいわい目の前には海も広がっている。

「まながし」という地名にしても佐久平の地理にうとい人にとっては、無意味な音の連続つまり単なる符牒でしかない。

「馬流」という漢字表記を見てはじめて意味が明らかになる。
古代の牧童が馬の汗を流しているさまが浮かんでくる。

もちろん無文字時代から受け継がれてきた古い地名に適当に漢字の音を当てた例も多い。
つまり、万葉がな的用法ですね。
むしろこの方式のほうが、圧倒的に多かったはずである。

土地の名前そのものは、それが古ければ古いほど「意味」はあいまいである。
普通名詞とちがって「意味」はなくてもかまわないのだから、あいまいなまま時代を超えて受け継がれてきた。

だから、あとから当てた漢字に引きずられて見当はずれの感慨を抱く場合もある。

むかしの人が万葉がなのノリで音だけを拝借して表記したのに、後世の人はその文字に意味を見出してしまった、なんて悲喜劇は枚挙にいとまがない。

「馬流」だって本当に馬の汗を流したところかどうかわからない。
「真名貸し」の可能性だってあるのだ。

少し前に登場した「白馬岳」の場合は、もっと意図的な狙いがある。

あの時お話ししたように、地名の成り立ちを正直に反映させるなら「代馬岳」が本筋だ。
しかし、そこをあえて「白馬岳」と表記した。
たしかに、「白馬岳」のほうがロマンチックだし旅情をそそりますよね。
意図的に意味をずらしたのだ。

「しろうまだけ」を「白馬岳」と表記するのはミスリードを招くかもしれないけれど、観光政策、地域振興のためにはやむをえまい。

地名は対象を明示できれば、りっぱにお役目を果たすことができる。
それなのに、漢字という表意文字で表記することで、本来の役目とは別のところでさまざまな悲喜劇が生まれる。

しかし、たとえ見当はずれの認識であっても、地名に何らかの意味を見出すことで人々の心は安らぐ。

たとえば、「たるみ」を一音ずつずらして「ちれむ」という架空の地名ができたとしよう。

しかし、この3音節の音声は日本語の語彙に対応していない。
つまり、意味がない。
無理やり「知令夢」と漢字表記してみても、そこには支離滅裂な意味があるだけだ。

地名は意味不要の固有名詞なのだから、「たるみ」の代わりに「ちれむ」でも一向かまわないはずである。

しかし、いくらなんでも「ちれむ」ではわたしたちは落ち着かない。

「垂水」でも「樽見」でもかまわない。
とにかく「意味」がほしい…。

ふだんは地名の意味など気にも留めない。
地名はただの符牒でかまわない、と豪語している。

それでいながら、何の意味も持たず何のイメージも喚起しないことばに人は耐えられないのだ。

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