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2010年9月13日 (月)

「うみ」と日本語

この夏、小海線に乗った。

小海線は、しなの鉄道小諸駅と中央本線小淵沢駅をほぼ南北に結ぶ路線である。

しかし、この路線名はこれまでの「羽越本線」や「大糸線」のように始点終点の地名や国名から一字ずつとって、という方式ではない。

中ほどにある「小海」というさほど大きくない町の名をそのままとっている。
この路線名に決まったいきさつについては、調べていないのでわからない。

各停の列車しか走らないローカル線なので、前回のように特急の愛称名と対比することはできない。

それでも、私は小海線がお気に入りである。

小諸から南下すると、右手に大きく連なる八ヶ岳連峰の眺めがすばらしい。
松原湖を過ぎたあたりからは、渓谷あり高原ありの変化にとんだ車窓風景を楽しむこともできる。

滑津(なめづ)、太田部(おおたべ)、馬流(まながし)…。

途中、過ぎていく素朴な駅名に心ひかれる。
文字以前の時代から受け継がれている古い地名ではないだろか?

それにしても、あの山にも、この川にも、そして野にも里にもすべて「名前」がついている!

ローカル線に揺られながら、小さな驚きを感じる。
世界を構成する事物をひとつひとつ指さしながら、あまねく名づけてやまない人間の執念に驚きをおぼえる。

「小海」を過ぎると、「海尻」、「佐久海ノ口」と、なぜか「海」にちなむ駅名が続く。
「海」とはまるで縁のない内陸地帯であるにもかかわらず…。

あるいは、太古海だったところが隆起して出来上がった地形なのだろうか?
そのころの記憶が地名に刻みこまれているのだろうか?

地名の由来については、たとえば小海町の町立図書館や郷土資料館を訪ねて郷土史をひもとけばすぐにわかることだ。
しかし、残念ながら今回の旅ではその時間がない。

だから、かえって根拠のない空想を広げることができる。

この場合の「海」は「産み=生み」かもしれない…。
出産や作物の生長につらなる語かもしれない…。

だとすれば、海に縁のない農村地帯の土地に「うみ」の語がつくのも納得がいく。

それに、そもそも地球上の生命は海で生まれたのだ。
人のいのちもさまざまな作物も、根源をたどればはるかに海に連なっている。

日本語の「うみ」ということばは、まるで生命の起源の秘密を知っているかのようだ…。

と、ここまで妄想が広がったところで旅の目的地である清里の駅に着いてしまいました。

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