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2010年9月18日 (土)

「いき」と日本語

日本語の「うみ」という語は、生命の起源の秘密を知っている…。

この夏の小海線の旅で、妄想はここまで広がってしまった。

この点、他の言語圏ではどうなのだろう?

少なくとも英語では、「海」をあらわす名詞と「生む」をあらわす動詞とはあまり関係がなさそうだ。
中国語の「海」という語と「産」あるいは「生」という語との間には、何か関係があるだろうか?

諸言語についてその関連を調べてみるのも興味深い。

ところで、日本語には「いき」という語もある。
これまた生命と縁が深い。

「うみ」が「うむ」という動詞の名詞形であるのと同じく、「いき」は「いきる」という動詞の名詞形である。

動物も植物も、生き物はみな外界との間で酸素と二酸化炭素のガス交換を絶えず行っている。
つまり、「いき」をしている。
それで、新陳代謝を維持している。

「いきる」とは「いき」をすること。
「いきもの」とは「いきをするもの」のこと。

日本語の「いき」には、生命の本質がずばりと言いあらわされている。

他の言語では、呼吸をあらわす語と生命をあらわす語との関係はどうなっているだろう?
インドーヨーロッパ語族系の言語では、関係がありそうだが…。

「いき」はまた「いく」という動詞の名詞形でもある。
たとえば、「この列車は小諸いきです」など。

「いく」という語がカバーする意味範囲はきわめて広い。
そのさいはてには「逝く」という意味も存在している。

日本語の「いき」ということばは生命そのものを意味するだけでなく、その終末をもあらわすことができるのだ。

これもまた日本語の「いき」なところですね。

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