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2010年6月27日 (日)

表記の心理学

前回は、日本語の書き手たちがついつい漢字を多用しがちになる、その心理的メカニズムの一端についてお話しした。

思えば日本語文を書き進むということは、無数の分岐点に出会う困難な旅である。
このことは英文と比較すればすぐにわかる。

だいいち、書き始める以前にタテかヨコかを決断しなければならない。

このブログはシステム上横書きしかできないから気楽だけれど、万年筆に便箋というクラシックな道具立てがそろった場合は話が別である。

自分じゃヨコのほうが書きやすいけれど、事務的でそっけない印象を与えないだろうか?
やはりタテのほうが、誠意が伝わりやすいかもしれない…。

書き手の葛藤は、すでにここから始まる。
その点、英文ははじめから横書きに決まっているから悩む必要がない。

苦悩のあげくどちらかに決めたとしても、困難な旅はこれからが本番だ。

何てことないお礼状を取り上げてみよう。

ごぶさたしておりますが、お変わりなくお過ごしのことと存じます。
先日は、おいしいいちごをお送りいただきありがとうございました。
旬の果物をいただき、季節を感じる愉しみを存分に味わいました…。

キーボードをたたき始めて、最初に「御無沙汰」が表示されればどうするか?
そのまま行くか、かなに再変換するか、それとも「ご」だけかなにするのか?

「おいしい」を「美味しい」と書くのは、このブログでは評判悪かったけれどあの人はどう感じるだろう?

「いちご」は「イチゴ」、それとも「苺」?

「たのしみ」や「楽しみ」より「愉しみ」のほうが、私の愉悦感がより伝わるかもしれない…。

むろん、これらは一例にすぎない。
上の3行の日本語文の中には、このほかにもまだいっぱい分岐点がある。

そのたびにわたしたちは逡巡し、葛藤し、懊悩しなければならない。
そして苦しい決断をしなくてはならない。

これをまじめにやれば、たった3行書くだけでもうへとへとになる。

その点、英文は26種類のローマ字しかない。
内容さえ決まっていれば、そこには逡巡も葛藤も懊悩も何もない。
英文を書き進むということは、直線的なハイウェイをまっしぐらに飛ばすようなものなのだ。

人が逡巡し、葛藤し、懊悩を経て決断に至るとき、それを支える心理が存在する。
そして、人によってその心理はさまざまな様相を示す。

他の文字圏はいざ知らず、少なくとも日本語文に限っては「表記心理学」という学問が成立しそうな気がする。

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