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2010年3月15日 (月)

「濱」と「浜」

横浜がブランドとして自己主張するときは「横濱」になる。

前回はそんなお話をした。

このように、わざと旧字体を用いることによってレトロな雰囲気を暗示するという事例は、すぐには思いつかないけれど、ほかにもたくさんあるにちがいない。

中国の簡体字ほどではないが、日本でも戦後漢字の簡略化が進んだ。

しかし、じゃあ旧字体は用ずみかと言えばそうじゃない。
上の例のように、日本語の表記文化の中ではちゃんと使い道があるのだ。

だからこそ、ワープロ辞書にもしっかり搭載されている。

中国ではどうなのだろう?

ふつう簡体字で表記するところをわざとむかしの繁体字で表記することで特別なニュアンスを暗示する、というテクニックは使われているのだろうか?
許されているのだろうか?

中国語のワープロには簡体字と繁体字が同居しているのだろうか?

いちど中国語ネイティブにお聞きしたいと思っている。

少なくとも、日本語では新字体が旧字体に完全に入れ替わる、ということはなかった。
旧字体も辞書の中に仲良く同居していて、「横濱」のようにしぶい役割を演じている。

考えてみれば、漢字とかなの関係も同じですね。
韓国・朝鮮のように、ハングルがほぼ完全に漢字と入れ替わる、という現象は起きなかった。

かなが成立した後も、漢字とかなは仲良く同居して漢字かなまじりという世界でもまれにみるユニークな表記システムが出来上がった。

民族学の本によれば、異なる文化AとBが出会う時に起こる現象は、「置換」、「融合」、「共存」のいずれかであるそうだ。

韓国・朝鮮における漢字とハングルの関係は、AとBが完全に入れ替わる「置換」にあたる。
ベトナムにおいて、漢字やチュノムからローマ字に移行したのも「置換」の例ですね。

しかし、日本では「置換」はあまり起こらない。

仏教が入ってきても神道はちゃんと残る。
神仏習合のように、AとBが化合してCになるという「融合」も例外的現象だ。

明治時代、洋菓子が入ってきても和菓子はちゃんと残る。
和洋折衷のお菓子(つまり「融合」)もないではないけれど、一般化することはない。

洋風のライフスタイルが入ってきても和室がなくなってしまうことがないように、日本列島ではAもBも仲良く「共存」するというのが支配的なのである。

日本語表記の世界でもこの共存原理がしっかり働いている。
だから、漢字とかなは混在し、旧字体もちゃんと残る。

こうして日本語表記はますます豊かに、ますますやややこしくなっていく。

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