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2010年3月29日 (月)

「濱」と「浜」(その3)

前回、「濱上」さんは「浜上」さんに間違われて気分を害してしまった。
何だか人から「軽く見られた」ような気になったのだ。

しかし、そもそも「濱」と「浜」は同じ文字なのか違う文字なのか?

「濱上」さんは、あくまで違う文字だと思っている。
だから、自分の場合「浜上」は間違いだと断ずるのだ。

しかし、「字体が違うだけで結局同じ文字」と考える人もいる。

たとえば、柳田国男さんはどう考えていたのだろう?

手許にあるちくま文庫の著作集では「國男」の表記なっているけれども、新聞雑誌では「国男」が優勢である。

確認したわけではないけれども、国語の教科書は常用漢字表に忠実だから、きっと「国男」になっていると思う。

客観的にどちらが正しいと言える問題ではない。

柳田さんはむかしの人だから、ご自身ではおそらく「國男」と書いていたと思う。
しかし、戦後も活躍した人だから新字体もご存じのはずである。

「同じ文字のバリエーションなんだからどっちでもいいよ、発音に違いがあるわけじゃなし」と他人にはおうように構えていたかもしれない。

それとも、表記に厳格な人で気むずかしく「國男以外は許せん!」と考えていたのだろうか?

今となってはたしかめようもない。

そうそう、新旧の字体とは別に異体字(異字体?)というのもありますね。

たとえば、「恵子」さんと「惠子」さん。
実に微妙な違いである。

しかし、人は往々にして細部にこだわる。
それに、名前という人のアイデンティティにかかわることだからおろそかにするわけにはいかない。

新旧字体の混在や異体字の存在は、日本語の書き手にとって本当に悩ましい。
いっそのこと新字体一本で行く、異体字も認めず、としてしまえばこの問題は一挙解決する。

しかし、日本文化の「共存」原理がそれを許さないのだ。

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