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2010年2月 1日 (月)

ひみつの花園

前回の「いちご」の例文だけれど、みなさんはこの名詞をどう表記するだろうか?

それぞれご自身の表記の規範に基づいて文字種を選択されることと思う。

ただ、「できるだけ漢字で」という規範を持っている書き手の場合でも、いつも「苺」一点ばりとは限らない。

子どもに読ませるつもりなら「いちご」にするだろうし、生産農家へのお礼状なら「イチゴ」にするかもしれない。

つまり表記の規範といっても、わりとフレキシブルなのだ。

「秘密警察」はおそろしい。

でも、「ひみつけいさつ」だったら?
元気な小学生の遊びグループのニックネームかもしれない。

「ヒ・ミ・ツ警察」なら何となくエロティックだ。

つい先日の新聞では、「秘ミツ」なんて表記も見かけた。
うーむ、こんな裏技まであったのか。

「できるだけ漢字で」あるいは「漢字使用は控えめに」など、ひとそれぞれ一応の表記の規範を持っている。

それでいて、その規範にこだわることも縛られることもない。
こだわっていては、せっかくの表記の自由を存分に生かすことができないのだ。

文字を表現のための資源と考えるなら、わたしたちは他の文字圏に比べて3倍以上の資源量に恵まれていることになる。

それだけじゃない。

日本語は縦書きもできるし横書きもできる。
だから、英語とちがって新聞のレイアウトも自由度が高い。

それに、横書きの場合、左書き(左から右へという意味です)だけでなく、右書きも可能だ。
事実、いまでもレトロな雰囲気をねらってわざと右書きしている広告がある。

ついでながら、戦前は右書き、戦後は左書きと思っている人が多いけれど、必ずしもそうではない。
戦前の新聞や各種の文書を見ると左書きの例も少なくない。

花巻市の宮沢賢治記念館に展示されていた「注文の多い料理店」の出版広告は、中央左側に左書き、同じく右側に右書きのタイトルをあしらって全体をアーチ型に造形していた。

ともあれ、日本語のテキストは多彩な文字種や表記形式に加えて左右縦横自由自在なのだ。
それでもって、上の広告のように遊びを楽しむこともできる。

その意味では、日本語のテキストは絵画的であり造形的であり、コミックとも親和性が高い。
日本でコミックが盛んな理由のひとつはこんなところにもあると思う。

いずれにせよ、ここまでくればもう自由の花園といっていい。

前回、わたしたちは表記の魔術師、というお話をした。
だとすれば、それは花園にあって色とりどりの表記の花を咲かせる魔術師なのだ。

ただし、それは日本語を解しない人々、漢字や仮名になじみのない人々にとってはその存在さえ分からない「秘密の花園」である。

日本語世界の奥深く秘密の花園で魔術師が執り行う秘儀、というのが外から見た日本語表記の印象だ。

ただでさえ、日本語は世界から孤立したさびしい言語である。
仲間内だけがわかりあえる孤独な魔術を愉しみつつ、わたしたちの寂寥感はひとしお深まっていく。

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