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2009年10月18日 (日)

漢字と名前(その3)

日本の子どもたちは、まずひらがなをおぼえる。

だから、ことし5歳になった「みゆ」ちゃんも幼稚園で自分の作品に「みゆ」と署名できるようになって得意がっている。

「みゆ」ちゃんはこう思うのだ。

「『みゆ』という鼻音と半母音の優雅で柔和な音のつらなり、私のパーソナリティにぴったりだわ。この名前をつけてくれたお父さんってすてき!」

やがて「みゆ」ちゃんは小学校に上がり、漢字を習いはじめる。
3年生ぐらいになると先生も「自分の名前を漢字で書いてみましょう」と指導してくれる。

その時、「みゆ」ちゃんは自分の名前の本当の意味と価値が漢字表記にこめられていることにはじめて思い至る。
そして「美」、「優」という漢字をしみじみ見つめながら、彼女は唇をかむのだ。

「幼かったとはいえ、私はまだまだ浅はかだったわ。お父さんお母さんの思いがこんなにも深かったなんて、私ちっとも知らなかった…。」

同時に漢字=真名という古代からの文字意識も芽生える。

運動会の作文にはじめて「美優」と署名するときの、誇らしいような面映ゆいような気持…。
画数が多くて3年生にはちょっと大変だが、以後「美優」ちゃんは自分の署名を漢字表記で通すことになる。

「大翔」くんにしろ「美優」ちゃんにしろ、この子たちの名前は漢字を離れては親の思いが伝わらない。
「ひろと」、「みゆ」という音声だけでは意味と価値を再現することができないのだ。

もしもこの世に漢字がなければ日本語話者の名前はどんな形になっていただろう…。
ふと、そんなことを考えてしまう。

もちろん、漢字に依存しない名前もある。
特に女の子の場合はけっこう健闘している。

たとえば「今年生まれた赤ちゃんの名前ベストテン」では、「陽菜」に次いで第2位にランクされているのは「さくら」である。

この場合は、音声だけで意味がわかる和語だから漢字を使わなくてもいい。
とりわけ女の子には柔和な印象を与えるひらがな表記が好まれる。

「みのり」、「はるか」、「ひとみ」なんかももそうですね。
親が名前に託してわが子に意味と価値を贈る、という点では変わらない。

だとすれば、漢字に依存しなくても意味を再現できる和語系の名前になるのだろうか?

男の子だったら「タケル」や「ハヤト」、「ヒカル」になるのだろうか?
何となく古事記の世界にもどったような感じだけれど…。

これも悪くはないが、漢字が使える場合とちがって多様性に乏しいのが問題だ。

というのも、日本語で用いられる言語音の種類はきわめて少ないのだ。
この少ない言語音をやりくりして意味の通る名前を作るのだから、すぐ限界に達してしまう。

「タケル」や「タケシ」は可能だが、「タケム」では無意味な音の連鎖になってしまう。
これでは名前に使えない。

「みゆ」だって、漢字のない世界ではネコの鳴き声は連想できても「美」や「優」という概念には結びつかない。

少なくとも、今のようにほとんど無尽蔵の漢字を使ってオリジナリティを競うことはできなくなる。

同じ名前の子が増える、ということである。
でも、少子化の時代だからそれでもいいのかな。

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