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2009年9月 7日 (月)

「謎」の守護神

「柳田」さんにしろ「小畑」さんにしろ、これをどう読むかは本当のところご当人にしかわからない。
したがってその方がお亡くなりになれば、この問題は「永遠の謎」としてこの世に残される。

というのが、前回のお話だった。

しかし、漢字表記を黙読するかぎりでは、この問題は意識されないし表面化することもない。
朝日新聞もふりがなを振ったばかりに、訂正記事を出す羽目になったのだ。

別の言いかたをすれば、漢字は問題の存在を隠蔽していることになる。

しかし、考えてみれば「謎」はすべて解き明かされなければならない、というものでもあるまい。
「謎」がまったくない世界、森羅万象がくまなく明らかにされている世界、というのは何だか味気ない。

そう、漢字は「謎」の守護神なのだ。
かなやローマ字から「柳田」さんや「小畑」さんを守ってくれる。

漢字表記で通すかぎり、「謎」は依然として「謎」のまま残される。
それで世の中、こともない。

「日本」だってそうだ。

さきの国会で「日本」をどう読むべきか、という趣旨の質問主意書が提出されたとのことだ。
しかし、「日本」の読みの正解は人の名前とはちがって「どちらでもいい」である。

ふだんは発話エネルギーを最小化するために「にほん」と読んでいる人でも、サッカー場で興奮したときには「にっぽん、がんばれ!」と叫んでいる。

つまり、TPOに応じて各自が好きなように音声化すればいいのだ。

漢字は「謎」を「謎」のまま人々に提示する。
読みの自由、日本語の読み手だけが味わえる自由をわたしたちに与えてくれる。

「日本銀行」だって、人それぞれ好きに読んでいる。
しかし、お札の裏にローマ字表記をする段になると、いやでもどちらかを選択しなければならなくなる。

「にほん」か「にっぽん」か?
「やなぎだ」か「やなぎた」か?

ローマ字やかな表記を採用したとたん、かれらはわたしたちに態度決定を迫ってくる。

少し前に、漢字は意味と結託している、というお話した。
そういうことなら、ローマ字やかなは音声と結託しているのだ。

だから、なにがなんでも音声化したい。
音声上の問題をうやむやにすることを許さない。

かれらは「含み」とか「曖昧の美学」というものを知らないのだろうか?
困ったものである。

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コメント

wangさま

コメントありがとうございました。
うちの事務所にも中国の方がよく来られます。
みなさん、日本語の上達が早いですね。
wangさんもがんばってください。

投稿: しおかぜ | 2009年9月10日 (木) 10時08分

中国からの日本語学習者です。
本当にいろいろ勉強しました。
ありがとうございます。

投稿: wang | 2009年9月 7日 (月) 23時24分

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