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2009年9月20日 (日)

沈黙の神

前回の終りのほうで、漢字たちを囲炉裏端に招いてその言い分を聞こうじゃないか、というプランが持ち上がったのだけれど、あとで思わぬ難点に気がついた。

かれらはいたって寡黙なのだ。
招待が実現したとしても、なめらかに口を開いてくれるとはかぎらない。

「日本」は「にほん」なのか「にっぽん」なのか?
「関西」は「かんさい」なのか「かんせい」なのか?
「柳田」は「やなぎだ」なのか「やなぎた」なのか?
「小畑」は「こばた」なのか「おばた」なのか?

こう問いかけても漢字は何も答えてくれない。
日本語の世界という「異郷」にやってきて、心細さのあまり内向的になってしまったのだろうか?

前々回、漢字は「謎」の守護神になった、というお話をした。
そう、この神さまは沈黙の神なのだ。
「音声化についてはみなさんにゲタを預けます」という態度を示す。

「そうですか、じゃあ、わたしたちも好きにさせてもらいます」
と言ったかどうかはわからないが、それ以来日本語話者はルールのない世界に突入していった。

ルールのない世界は、言ってみれば「迷宮」である。
「謎」に満ちた驚異の世界である。

「東海林」さんには有名な人が多いから、みな「しょうじ」さんと読むことができるけれど、どのような理路をたどればこの漢字表記がこの音声に結びつくのか、それはだれにもわからない。

「放出」という地名はどうだろう?

大阪の有名な中古車センターがこの地名を冠しているから、大阪の人なら読める。
でも他地域の人なら、おそらく読めないだろう。

謎の迷宮を主宰するのは漢字という沈黙の神である。
神さまが沈黙しているのをいいことに、わたしたちはしたい放題である。

「百日紅」や「万年青」はなんと読む?
「さんま」は漢字でなんと書く?

「均す」はなんと読む?
「そねむ」はなんと書く?

本当に日本語における漢字はクイズやパズルの種に不足しない。

そして、迷宮で出会う数々の「謎」を知恵を絞って解く、というのはわたしたち日本語話者だけに許されたスリルあふれる愉悦でもあるのだ。

漢検や漢字クイズ番組が繁盛するはずである。

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