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2009年5月 3日 (日)

漢字と日本語表記(その2)

日本語の中の漢字は読むこともできず書くこともできない文字である。
そんな文字が主役を演じているのが、日本語表記の特徴である。
そして、今日ではIT技術だけがかろうじてこのことを可能にしている。

前回はざっとそんなお話だった。

こんなことをいえば漢字好きの人たちからは顰蹙を買うだろうし、そうでなくともご納得いただける方は少数かもしれない。

そこで、少々補足しますね。

まず、日本語における漢字は読めない文字だ、という点について。

たとえば、ここに「小畑 優」さんの名刺があるとする。
あなたなら、この人物の名前は何と読むだろう?

「おばたゆう」? それとも「こばたまさる」? はたまた「こばたけまさし」…?
困ったことに、その正解はご本人にしかわからない。

もうひとつ例をあげよう。

たとえば「一夜かぎりの出会い」という文があるとする。
別にそれほど特殊な文例じゃない。

この「一夜」の部分はどう読めば、つまりどう音声化すればいいだろう?

「いちや」なのか「ひとよ」なのか?
もしこれが文学作品なら、読み方によって印象も効果もちがってくるはずだ。

それとも書き手はこの点について「どっちでもいいよ」と読み手にげたを預けたのか?

「小畑 優」さんや「一夜限りの…」の漢字をどう読むか?
これは、ふりがなという世界で日本語表記にしかない裏技を使わないかぎり永遠にわからない。

ローマ字圏ならこんな混乱はないだろうし、中国語でも漢字の発音は一義的に定まるから迷いはないはずだ。
ここに、日本語における漢字の面妖なところがある。
昔のようにいちいち音読しないので、問題が表面化しないだけなのだ。

同じことはずいぶん昔に「永遠の謎」のタイトルでお話ししたことがあった。
でも、既読の方は少ないと思うのであえて繰り返します。

次に、日本語における漢字は書けない文字だ、という点について。
この点については、みなさんご自身の体験に基づいてご賛同いただけることと思う。

たとえば、私は冒頭で「顰蹙を買う」ということばを使った。
しかし、「顰蹙」なんて難しい漢語が手書きで書ける人は少ない。

実態は「H,I,N,S,H,U,K,U」とキーボードに入力して変換キーを押しているにすぎない。
すると、魔法のように「顰蹙」という漢語が立ちあらわれる。

IT技術だけが今日の日本語表記を可能にしている、と言ったのはこういう意味である。

魔法のような技術は麻薬としても作用する。
ワープロソフトというIT技術への依存を深めた結果、今やわたしたちはローマ字を介してしか漢字にアクセスできなくなった。

そして、深刻なのはこうした漢字リテラシーの脆弱化、空洞化がIT技術に覆われて表面化しない、多くの人々の意識に上らない、ということだ。

たとえば「有難う御座居ます」なんて文面を見かけると、書き手が表記を完全にワープロまかせにしていることがよく分かる。

わたしたちが表記における主体性を喪失したとき、その書きことばの未来は暗い。

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