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2009年5月31日 (日)

漢字と日本語表記(その6)

漢字は重い文字である。

たしかに、「罵詈讒謗」や「顰蹙」や「躊躇」や「魑魅魍魎」という漢字を目の当たりにすると、その重量感に圧倒される。

韓国朝鮮やベトナムの人々はその文化的重圧に耐えきれず、ついに漢字に別れを告げた。

日本語だってその重圧とは無縁でなかった。

おぼえておられるだろうか?

ずっと以前、「漢字は日本語がまとってしまった鎧かもしれない」とつぶやいたことがありましたよね。
日本語にとって漢字は頑丈で頼りになるけれど、一方でその重さにあえいでいる。

そんなお話をしたとき、私もまた漢字の重さをひしひしと感じていたのだ。

それでも、中国大陸と海を隔てたその距離が漢字の重圧をいくぶんか緩和した。
そこが、陸続きの韓国朝鮮やベトナムとは違うところだ。

そして、前回お話した「ゆとり」が生まれた。
漢字に対するわたしたちの心理的な「ゆとり」感である。

かなを発明したことも、その「ゆとり」を倍加した。
いざとなれば、日本語は全部かなで表記できるのだ。

わたしたちは難しい漢字が思い出せないとき、かなで書くことがよくある。
たしかに「ばりざんぼう」では子供っぽい印象は否めないが、それさえ我慢すればりっぱに通用するのだ。

そんな逃げ道というか、最後の手段がちゃんと用意されている。
この安心感は大きい。

韓国朝鮮やベトナムでは、そのおかれた状況からして漢字に対してはオールオアナッシングの選択しかなかった。
表記における漢字支配を全面的に受け入れるか、しからずば全廃か?

幸か不幸か、日本語はそんな究極の選択を迫られることはなかった。

漢字は重くてうっとうしい鎧だが、その視覚的なインパクトと意味提示力も捨てがたい。
いいとこ取りをしたいーそんな虫のいい発想が許された。

だから、かなを発明しつつも漢字を温存した。

韓国朝鮮やベトナムの人々からみれば、日本語のそんな特異な表記システムは漢字とかなの「なれあい」に映るかもしれない。

なにしろ漢字とかなが混在し、しかもその使い分けに関してきちんとしたルールがあるわけではなく、書き手の「好み」にまかされているのだから。

まことに恣意的というか、適当というか、でたらめというか、いい加減というか…。

この状況はたしかに「なれあい」という表現がふさわしい。
表記に関して、わたしたちは長い間この「なれあい」で事をおさめてきたのだ。

もっとも、「なれあい」だから悪い、とは一概に言えない。
その「なれあい」の中には、えも言われぬ妙味がある。

だから、話はますますややこしくなる。

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コメント

 日本人は最初大和言葉の単語に漢字を割り当てていきました。日本語の単語に相当する漢字がない場合は漢字を勝手に作りました。その数は1万字以上です。それは国字といわれています。ですから天平、奈良時代には日本語の単語は全て漢字(または国字)で表現されていました。読み方は訓読みですので日本人には何の違和感もありません。漢字は日本語を表す自分たちの文字だったのです。その時代がかなり続きました。その後、平安時代になってひらがなやカタカナが発明されました。日本人にとって漢字は非常に大事な日本語の表意文字です。従って漢字を捨てることは考えられないと思います。

投稿: 村島定行 | 2009年8月25日 (火) 18時20分

村島様
漢字が日本語? よくわかりません。漢字は「文字」であり、「言葉そのもの」ではないはずです。お書きになっている内容も、何かの受け売りのような気がします。もうちょっと根拠をきちんと示していただかないと困ります。

投稿: Torii Taro | 2009年8月17日 (月) 00時03分

日本人が漢字を何故捨てなかったか。それは漢字が日本語だからです。朝鮮やベトナムでは漢字は外国語であり、現地語を侵食する存在でしたが日本では漢字は大和言葉を守り、助ける存在、大和言葉の召使です。だから日本人は漢字を捨てることを考えませんでした。
 例えば「村」は「むら」を表す日本語表意文字なのです。日本語は表意文字と表音文字を使う世界唯一の言語です。便利な表意文字を捨てると大きな困難にぶつかるので捨てられないのです。

投稿: 村島定行 | 2009年6月24日 (水) 00時00分

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