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2006年12月16日 (土)

ワープロ時代の漢字

先月、学生ラクロス選手権の応援に行った。

そのときもらったパンフレットの中にこんな表記を見つけた。

「俺達はあくまでも勝ちに拘り続けたい」

各大学のキャプテンが選手権に臨む抱負を書いているのだが、この「拘り」の部分は何と読むのだろう?

私はこういう訓読みの漢字を使ったことがないので、すぐにはわからなかった。
文脈から考えて、また「拘泥」という漢語があるところからすると、「こだわり」と読ませるのだろうな、という推測はつく。

(それにしても、最近「こだわる(り)」ということばをよく聞く。「いやす(し)」もそう。流行語?)

前にもお話したとおり、訓読みの漢字はパズルや判じものだから、このように推理を働かせながら読まなければならないことが多い。まことに厄介だ。

念のため、ワープロに「kodawari」と入力して変換してみたら、たしかに「拘り」が表示された。

これで一件落着、といきたいところだが、ちょっと待ってほしい。

くだんの学生さんは多分この文章をワープロを使って書いている。
なにげなくローマ字を打ち込んでいるうちに、ワープロが勝手に「拘り」に変換してそのまま通ってしまった、というところだろう。

ところで、かれに手書きで「拘り」と書いてみろ、と言ったら、はたして正しく書けただろうか?
おそらく書けなかったと思う。

この例は、今日の漢字とワープロの関係を象徴している。

ワープロ以前なら、「こだわり」は「こだわり」とかなで書くのがふつうだった。
それが、ワープロが普及したおかげで、また多くの書き手が文字づかいを機械まかせにしたせいで、「拘り」になってしまった。

(なぜだかわからないが、日本語ワープロは過度に漢字を優遇しているように思える。実用を超えてでも技術的達成を誇示したいという、エンジニア気質、プログラマ気質のあらわれだろうか?)

業務文書であれプライベートな書きものであれ、ワープロ以前と以後を比較してみると、確実に漢字含有率が上がっているはずだ。少し前までは考えられなかった漢字氾濫時代の到来である。

一方で、この学生のように「漢字を書く力」は確実に落ちている。
私だって、悲しいことだけれど「躊躇」や「憂鬱」や「薔薇」や「拘り」や「癒し」はもう書けない。

漢字はかなやローマ字と違って、本質的に「忘れる文字」である。
しょっちゅう「手」を使って書いて(本当は「描いて」だな)いないとすぐ忘れる。

ワープロの時代になって、漢字の「忘れる文字」の本質がむきだしになってきた。

同時に、ワープロを使うことによって、その本質が隠蔽されるようにもなった。
人々は自分たちがもう漢字を書けなくなっていることに気づいていない。

世の中に漢字が氾濫する一方、手書きの機会がなくなったために、生身の身体と漢字との距離はどんどん広がっている。

ただワープロだけが、人々と漢字をかろうじてつなぎとめているのだ。 

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