2024年3月 3日 (日)

一音節語をめぐって(その18)

「に」も「ぬ」も現代語の一音節語はない。
和語にも漢語にもない。

ただ一つ、「荷」はいまも使うかもしれない。
「これで肩の荷が下りた」、「この仕事はあいつには荷が重い」などのように。

古語にまで目を向ければ、「丹」という色名がある。
赤い色である。

それくらい。
「ぬ」に至っては、古語にもあまりない。

なぜだろう?
「に」や「ぬ」は言語音として使いにくい音なのだろうか?

それに比べると、「ね」はいくらかましである。

まず「値」」がある。
「値段」という湯桶読みのほうが一般的だが、一音節語としても使える。
「ものの値」とか「値が張る」などのように。

それから「根」もある。
「木の根」という。
「木の根」から連想して「根を張る」という言い方もある。

やや文学的な表現だが、「音」もある。
「虫の音」とか「音色」とかいう。

あと辞書にはいくつか出ているが、無視してかまわない。

「の」も少ない。
わずかに「野」くらいか。

それも一音節語としては使いにくい。
「野原」のほうが一般的である。

人の姓としては割合よく用いられている。
「野村」とか「北野」とか「西野」とか。
日本人の人名には地形をあらわす語がよく取り入れられているのでそのせいだろう。

総じてな行音は「な」を除いて、一音節語が少ない。
な行音は鼻音だから、他の音に比べてインパクトが弱いからだろうか?

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2024年2月25日 (日)

「遠野物語」をめぐって

柳田国男の「遠野物語」は有名である。
しかし白状するけれども、私はその序文しか読んでいない。

柳田の文章はくねくねしていて、私はあまり好きではない。
しかし、この序文はいい。
繰り返し何度も読んだ。
特に次のようなくだりがいい。

笛の調子高く歌は低くして側にあれども聞きがたし。
日は傾き風吹きて酔いて人呼ぶ者の声も淋しく
女は笑い児は走れどもなお旅愁をいかんともする能わざりき。

私がこの文を気に入ったのは、たぶんこれが文語体で書かれているからだろうと思う。
これが今のような口語体で書かれていたら、少し間の抜けた印象を与えると思うのだが、いかがだろうか?

柳田はもちろん口語体でも書いている。
その証拠に、柳田のフォークロアの処女作である「後狩詞記」の自序は口語体で書かれている。
発表されたのは明治42年、「遠野物語」の1年前のことである。
おそらく柳田はその効果を狙って意識的に文語体を選んだのだと思う。

明治末期と言えば、日本語の書きことばが揺れていた時代である。
言文一致運動が明治半ばから始まり、この時代はまだ進行中であった。

漱石は小説としての処女作「吾輩は猫である」(明治38年発表)の時から一貫して口語体で書いている。
一方で鴎外は最初期の作品「舞姫}(明治23年)や翻訳{即興詩人」(明治35年)を文語で発表している。

つまりこの頃の著述家は文語体でも口語体でも書けたのである。
その分、いまよりも表現の幅が広かったかもしれない。

一方で、これまで文語でしか読んだことのなかった読者の反応はどうだったのだろう?
漱石や鴎外や柳田の読者なら漢文学の素養はあったことと思う。

でも、口語体は漢文脈とはまるで違う。
戸惑いがあったかもしれない。

「あれ、これまでの読本とは様子が違うな」と思ったかもしれない。
「でも、これって俺たちがふだん使っている話しことばと同じじゃないか」
そのようにして、口語体が受け入れられていったのかもしれない。

ともあれ、漱石や鴎外や柳田は、文語体でも口語体でも書けた。
「今度の作品ではどちらで書こうかな」と選択することができた。

対していまの私たちは口語体でしか書けない。
読者も口語体でしか読まない。
これって昔に比べてかえって不自由なことではないか?

これまで見てきた「椰子の実」も「冬の夜」もその他の文部省唱歌も多くは歌詞が文語体で書かれている。
文語体は文学的表現と親和性が高いのではないか?
柳田国男だって、民俗学に向かう前は文学青年だった。

一方、文語体は権力とも親和性が高い。
だから戦前の法律はみな文語体の漢字カタカナ交じりで表記されている。

戦後いっせいにわかりやすい口語体に変わったかと言えば、そうではない。
何と21世紀になってもたくさんの文語体の法律が残っていた。
刑法や民法や商法が口語化されたのは、ほんの数年前のことである。

まだ現役バリバリの法律も残っている。
たとえば「爆発物取締罰則」(明治17年太政官布告32号)のように。
「第一条 治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスル目的ヲ以テ爆発物を使用シタル者及ヒ…」

いま私たちは日常生活では文語体を使わない。
でも、短歌や俳句などの短詩形文学では今も使われている。

文語体は意外にしぶといかもしれない。

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2024年2月19日 (月)

「冬の夜」をめぐって

今はもう小学校の音楽の教科書に載っていないだろうけれど、「冬の夜」という小学唱歌(作詞、作曲者不詳)がある。
年配の人ならご存知の方も多いと思う。

ともしび近く 衣縫う母は
春の遊びの楽しさ語る

この頃の女の子の春の遊びとはどんなものだったのだろう?
やはり野山を駆け回ってつくしや花を摘んだのだろうか?

居並ぶこどもは指を折りつつ 
日数数えて 喜び勇む

子どもの多い時代だったから、「居並ぶ」という表現を使ったのだろう。
それにしても、何と素直なこどもたちなんだろう!

囲炉裏火はとろとろ
外は吹雪

外の吹雪と対比することで、家のあたたかさがきわだってくる。
これで一番は終わる。
二番は一番と対をなしているので、この最後のフレーズは二番にもあらわれる。

囲炉裏のはたで 縄なう父は
過ぎしいくさの手柄を語る

今となれば問題になりそうな歌詞だ。
この歌が発表されたのは明治45年だから、「過ぎしいくさ」とは日露戦争のことだったのだろう。
この時代にはすんなり受け入れられたのかもしれない。

居並ぶこどもは眠さ忘れて
耳を傾け こぶしを握る

これは翌晩の情景だろうか?
それにしても、なんてナイーブなこどもたちなんだろう!

囲炉裏火はとろとろ
外は吹雪

いまは地球温暖化の時代だから、よほどの寒冷地でないかぎりこんな情景にはお目にかかれない。
いまは夕食後に囲炉裏の周りに家族が集うことはない。
父母の語りの代わりはテレビやスマホが務めてくれる。

まことに「明治は遠くなりにけり」である。
こんな感懐を抱くのは、わたしが年を取った証かもしれないが…。

WIKIPEDIAによると、文部省唱歌は明治43年から昭和19年までに作られ、小学校の音楽教科書に掲載された唱歌を言うらしい。
してみると、この「冬の夜」などはその最初期の作品ということになる。

戦後、文部省唱歌は作られなくなったが、そのうちのいくつかはその後も歌い継がれてきた。
昭和30年代に小学生だった私も習った記憶がある。

さて、いまのこどもたちは教室でどんな歌を歌っているのだろう?
現在の小学校学習指導要領にも、文部省唱歌がいくつか取り入れられている。

いまの学習指導要領に載っている文部省唱歌は季節の風物を歌い上げたものが多い。
これらは子供たちの情操をはぐくむうえでとても役に立つ。
地球温暖化のせいで、季節の変化が平板にならなければいいが…。

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2024年2月11日 (日)

「椰子の実」をめぐって

前回、「名」と「名前」を比較して、「な」は文学的というお話をした。
次のような「名曲」がある。

「名」も知らぬ 遠き島より 流れよる椰子の実ひとつ
ふるさとの岸を離れて 汝はそも波に幾月

これは明治33年、島崎藤村が発表した詩である。
後年、昭和に入ってから大中寅二が曲を付けた。
年配の人ならだれでも知っていると思う。

旧の樹は 生いや茂れる 枝はなお影をやなせる
われもまた 渚を枕 孤身の 浮寝の旅ぞ

この詩は柳田国男が愛知県の伊良湖岬に漂着した椰子の実の話をしたことから藤村が着想した、というエピソードは有名だ。
この頃から柳田には「海上の道」のアイデアがあったのだろうか?

実を取りて 胸にあつれば 新なり 流離の憂い
海の日の沈むを見れば たぎり落つ 異郷の涙

藤村は椰子の実に寄せて望郷の念を歌い上げている。
そして…。

思いやる 八重の汐々 いずれの日にか 国に帰らむ

これが最後のフレーズである。
椰子の実のかなわない願いを歌ってこの詩は終わる。

この最後のフレーズに私はいつも引っかかる。
YOUTUBEで複数の「椰子の実」を見ても、歌詞の表記はみな「八重の汐々」になっている。

しかし、声では区別がつかないけれど、「八重の汐々」の箇所は「八重の潮路を」でもいいのではないか?
いや、「八重の潮路を」のほうがいい。

「潮路」という語は、「海流の流れていく道筋」として広辞苑にも出ている。
だから意味としても「八重の潮路を」のほうがよくつながる。

それに先行する「思いやる」という動詞は目的語をとるから、「~を」のほうが文法的にもしっくりくる。
あなたはどう感じますか?

藤村の自筆原稿があるならぜひ見てみたい。

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2024年2月 4日 (日)

一音節語をめぐって(その17)

な行音は、あとで出てくるま行音と発音的によく似ている。
いずれも鼻音である。

鼻音は柔和な印象を与えるため、女の子の名前によく使われる。
「美波」とか「ななみ」とか。

それにどちらも子音は有声音であるため、濁音がない。
子音の中で濁音がないのはな行とま行、それにら行だけである。
(や行とわ行の各音は半母音と言っていい。)

辞書の「な」の項に出てくる語は、ほとんど和語である。
なかでも、「名」は現代語でよく使われる一音節語である。

「名」はヒト、モノ、コトを同定する機能があるので、様々な局面で用いられる。
広辞苑には「名は体を表す」など「名」を含む慣用句が40以上も収録されている。

「な」を人の特定に用いる場合、「名前」という語もある。
一般にはこちらのほうがよく使われる。

この場合、「前」にはどのような役割があるのだろう?
「手前」とか「江戸前」とか「腕前」など、ほかにも例があるが…。

映画「君の名は」のなかでも、主人公の三葉と瀧は互いに「君の名前は?」と呼び合っている。
「名」はやや文学的な表現だと思う。

「名」は音読みでは「めい」となる。
「名簿」、「名刺」、「有名」などこちらもよく使う。
「名山」、「名物」、「名人」、「名曲」、 「名調子」、「名場面」などのように称賛の意味もある。

文字表現とも関係があるので、文字そのものを言うこともある。
ひらがな、カタカナのことを「仮名」といい、漢字のことを「真名」という。

漢字は本当の文字、かなはかりそめの文字、というわけだ。
日本語話者の伝統的な文字意識がよくあらわれている。

このほか古語にまで視野を広げれば人称代名詞としても用いられた。
漢字で表現すれば「己、汝」である。
自分のこと、転じて相手のことも指す。
昔は人称代名詞は一音節語が多かった。

さらに、食べ物のことも意味した。
漢字表現では「肴」、「魚」、「菜」などで少しづつ食べ物の種類が違う。

こうして見てくると、名前、文字、食べ物など、「な」は人間存在と密接に関係している。
「な」はとても大事な音節である。

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2024年1月28日 (日)

一音節語をめぐって(その16)

「て」は何といっても「手」である。
もちろん和語、関西方言の「てえ」である。

身体部位を示す語は、一音節語が多い。
前回出てきた「血」をはじめ「目」、「毛」、「歯」、「背」など。
いずれもよく使う語だから言語経済の原則に従っている。

身体部位のなかでも、手は人間にとって非常の重要な器官なので、意味する範囲も広い。
単に身体部位を指すだけではない。

「取っ手」など手のよう突き出たものをも指す。
「人手」、「手の者」、「読み手」など手のように働くものをもいう。
また、「手にする」、「ほかにいい手がない」のように手を働かせてすること、するものの意味もある。
「これは誰それの手」のように、手で書くこと、その結果としての文字をもいう。
それから、「上手=うわて」、「下手=しもて」のように方角を指すときにも使う。
手で指すからである。
さらに「深手を負う」などのように、相手から受けた傷のことをいう場合もある。
これは相手が手を下したからである。

このように「手」を使った言語表現は広範にわたる。
広辞苑には「手」を含む慣用句が100近く収録されている。

しかし、広辞苑の「て」の項には「手」のほかには出ていない。
要するに「て」は「手」だけなのだ。
ほかの音にはこんなことはない。
みんな複数の意味を担っているのに。

では、「と」はどうだろう?
「と」は和語も漢語もそれなりにある。

このうち、和語で現代語でも使われているのは「戸」くらいだろうか?
漢語では「途」、「徒」、「都」などをよく見かける。

「途」や「徒や「都」は、「出発の途に就く」や「無頼の徒」、「都の方針」などのように一音節語として使うこともあるが、「途中」や「壮途」、「徒歩」、「生徒」、「都会」、「首都」などのように他の漢字と結合して熟語として使うことのほうが多い。

こうしてた行を見てきたけれど、ほかの行に比べて一音節語が少ないことがわかる。
た行の音は破裂音や破擦音でできているので、発声に要するエネルギーが大きい。

だから、エネルギー節約の観点から語が少ないのかもしれない。
これも言語経済の原則に従っている。

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2024年1月21日 (日)

一音節語をめぐって(その15)

「た」は辞書の登載数が他の一音節語に比べて少ない。
このうち自立語として登載されているのは「田」、「為」、「他」、「多」、「誰」だけである。

和語は「田」、「為」、「誰」。
このうち 今でもよく使うのは「田」である。

日本列島は長い間米作地帯だったからそうなる。
いま、日本人のコメ離れが進んでいるから、日本語話者の言語活動に「田」が出現する頻度は低下するかもしれない。 

それでも、日本人の姓には「田」が付くものが非常に多い。
「村田」、「石田」、「上田」のように下にも付くし、「田村」、「田辺」、「田中」のように上にも付く。
日本列島が米作地帯であったことの何よりの証左である。
姓は不変性が高いから、この点はあまり変わらないかもしれない。

「為」や「誰」はほとんど使わない。
ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」くらいだろうか?

「他」と「多」は漢語であるが、これはよく使う。
「他人」や「多数」のような二字熟語も頻出する。
でも、この二つだけである。

「ち」は「た」に比べると掲載数が多い。
このうち、よく使われる和語の一音節語は「血」である。

「血」は生命の象徴でもあるから、これを含んだ言い回しも多い。
「血となり肉となる」や「血と汗の結晶」などのように。

ちなみに前回もお話ししたように関西方言では一音節語は二音節的に発音することが多い。
「田」や「血」も、「たあ」、「ちい」のように発音する。
あるいは一音節の内部で高低が変化する声調類似の現象と言えるかもしれない。

「地」や「知」や「治」は漢語であるが、これらも比較的よく使う。
一音節語としても使うが、「地域」や「知識」、「治安」などのように二字熟語としてのほうが私たちにはなじみが深い。

「つ」は「た」よりもさらに少ない。
辞書に載っているのは「津」と「唾」だけである。
どちらも和語だけれど、現代語では使わない。

古語としては、比較的よく出てくる。
「摂津」や「津守」などのように「津」は港、船着き場としての意味がある。
陸上交通が未発達だった古代は船が今よりもはるかに重要だったことがことば遣いの面からもよくわかる。

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2024年1月14日 (日)

一音節語をめぐって(その14)

「せ」はどうだろう?
ここでも「す」と同じく和語が活躍している。

まず「瀨」がある。
日本には小河川が多いからだれでも「瀬」は知っている。
「瀬」のほとりに立って耳を澄ますと「せせらぎ」が聞こえる。
「さ」行音のさわやかさを実感する時である。

次に「背」。
これもよく使う一音節語だ。
人間の場合、「背中」ともいう。
「おなか」との対を意識した表現だろうか?

「背」だけだと人間以外にもよく使う。
「椅子の背」や「背表紙}などという。

余談になるが、身体部位を指すことばには一音節語が多い。
「目」、「手」、「毛」、「歯」など。
やはり言語経済の原則から、身近な語には一音節語が多いということだろうか?

さらに余談になるが、関西方言ではこれらを一音節では発音せず、(日本語では)二音節になる。
たとえば、「めえ」、「てえ」、「けえ」、「はあ」など。
やはり地理的に中国が近いので、中国語の影響を受けているのだろうか?

古語にまで視野を広げると、人称代名詞の「せ」もある。
漢字では「兄、夫、背」などと表記する。
女が夫や恋人を指すときに使う。
万葉集にも「~履はけわが兄」などというフレーズがある。
また、姉妹が男兄弟を指す場合もある。

ここでも漢語の影は薄い。
辞書を繙いても今使われている漢語はない。
「せ」と読む字音がほとんどないのだろうか?

「そ」という一音節語は和語にも漢語にもない。
古語にわずかにあるくらいだ。
珍しい現象だ。
なぜだろう?

こうして「さ」行音を見てくると、「さ」と「し」は漢語優位、「す」と「せ」は和語優位、「そ」は無勝負ということになる。
穏やかな結果になって、やれやれである。

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2024年1月 7日 (日)

一音節語をめぐって(その13)

前回の最後にお話ししたように、日本語話者の言語活動は漢字・漢語に依存している。
「し」に至ってその傾向は一段と顕著になる。

「し」の一音節語としてもっともよく使われるのは「死」と「詩」である。
このほかにも「市」や「氏」がよく用いられる。
一音節語ではないが、「史」や「資」、「私」、「志」、「支」、「仕」、「司」、「試」、「使」なども書きことばによくあらわれる。

いずれも漢語である。
現代語で和語の一音節語はない。

もっとも「紙」、「枝」、「雌」、「歯」、「指」、「私」、「糸」、「子」など字音では「し」と読む語は、和語ではまったく別の音を当てられてよく使われる。
その中には、「歯」や「子」のような一音節語もある。

ところで「しー死」はよく使われる語だが、これには訓がない。
漢字伝来以前の古代日本語話者は「死」のことを何といっていたのだろう?

「しー詩」もよく使われる語だが、これにも訓がない。
漢字伝来以前の古代日本語話者も「詩」のごときものは作っていたと思う。
そもそも言語は「うた」から発展したという説もあるくらいだから。
古代日本語話者は「詩」にあたるものを何と呼んでいたのだろう?
やはり「うた」だろうか?

「す」に至って、やや和語が復権する。
「洲」、「素」、「巣」、「酢」などはみな和語である。
このうち、よく使うのは「巣」や「酢」だろうか?
「酢」などはどの家の台所にもある。

「す=鬆」はちょっと難しいが、「まあ、この大根すが入ってる!」など時々いう。
内部にできた空洞のことである。
これも和語である。

「素」は「素肌」、「素足」、「素手」などのように接頭辞として用いられることが多いが、「素のままで演技してください」などのように、独立の一音節語として使うこともある。

反対に「す」の領域では漢語は影が薄い。
なぜだろうか?
字音で「す」と読む漢字が少ないのだろうか?

ただ、有声音の「ず」になるとまた漢語が復活する。
「ず=図」などはよく使う。

「ず=頭」は一音節語としてはあまり使われないが、「頭が高い!」などということもある。

「ず=図」も「ず=頭}も呉音である。
漢音では「頭」は「とう」、「図」は「と}になる。
これも「頭取」、「図書館」などとしてよく使われる。

こうして見てくると、日本語における和語と漢語のせめぎあいは面白い。

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2023年12月17日 (日)

一音節語をめぐって(その12)

語頭にさ行音がくる語にはさわやかな印象を与えるものが多い。
たとえばー。

さーさわやか さおとめ さぎり さなえ
しーしなやか しなの
すーすずしい すみれ
せーせせらぎ せ
そーそうかい(爽快は漢語だが)

なぜだろう?
他の言語にもこのような現象は認められるのだろうか?

さ行音は発声する時、摩擦を伴う。
その摩擦が発生する時の音がさわやかな印象をもたらすのだろうか?

「さ」の一音節語を検討してみたい。

検討したところ、なぜか和語では自立語の一音節語はない(現代語では)。
「差」や「左}はよく使われるけれどみな漢語である。

{さ」は和語では自立語ではないけれど付属語としては割によく使われる。
「早乙女」や「狭霧」や「早苗」における{さ」は接頭辞と言えるだろう。
さわやかな印象をもたらす効果がある。

接尾辞として使われることもある。
たとえば「昨日は休日だったのさ」のように。
軽めの言い方である。

同じく形容詞、形容動詞の語尾について名詞化する効果もある。
たとえば「爽やかさ」、「涼しさ」、「重さ」、「高さ」のように。

面白いことに現代語ではほとんど使われないけれど、「さ」には事態や人の代名詞としての機能もあった。
今でも「さにあらず」なんて言い方は時々する。
「そうではない」という意味である。
そんな痕跡が残っている。

「さ」が有声化すると「ざ」になる。
{座」は漢語だが、よく使われる。
「〇〇座」という演芸場や映画館は多い。

「座」は一音節語としても存在しうる。
「座を取り持つ」なんて言い方がある。

歴史の教科書にも「座」は載っている。
中世に発達した同業者組合である。
西洋のギルドのようなものだ。

「座」は人の集まりを意味するから使い道は多い。
しかし、和語にはこれにに相当する語はない。
だから、漢語に頼らなくてはいけない。

こうしてあ行から順にみてきて今思うことは、私たちが(先祖も含めて)漢語の便利さに依存してしまい、和語を磨くのを怠ってきたのではないか、ということである。
本居宣長なら悲憤慷慨するかもしれない。

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