2021年6月13日 (日)

数と序数詞

ものには順序というものがある。
たとえば、このブログは初回から数えて今回で796回目になる。

スポーツやテストでは、成績によって1位、2位、3位と厳然と順位が付けられる。

「前から3番目の男子、前に出なさい」と先生が指示を飛ばす。
「この子が二人目の娘よ」とお母さんが知人に紹介する。
「左から3つ目の時計、ちょっと出してみて」と、客が店員に言う。

「数」は具体的な情報伝達には欠かせない要素だけれど、きわめて抽象的な概念でもある。
抽象的な概念であるがゆえに、処理の自由度が高い。

たとえば、四則演算という処理ができる。
微分積分なんてのもできる。
もっと高度な処理も自由自在だ。

だから、数学マニアが生まれる。
整数論に魅入られる人が続出する。
数の美しさに溺れる人がいる。

そこまでいかなくても、数はプログラム言語に欠かせない。
こんなことができるのも、数がきわめて自由で抽象的な存在ゆえのことだ。

その「数」と時間、空間が交差すれば、そこに順序、順番が生まれる。
限られた時空間に生きるしかないわたしたちは、だから順序、順番から自由になれない。

英語翻訳では、「1位」は「first place」だった。
「二人目の娘」は「my second daughter」だった。
「左から3つ目の時計」は「the third clock from the left」だった。

firstやsecond、thirdは基数であるone、two、threeとまったく異なる語になっている。
4以降は、基数形に「th」という接尾辞をつけて序数をあらわしているが…。

日本語には、firstやsecond、thirdのような序数詞が存在しない。
「1位」とか「二人目」とか「3番目」のように、接尾辞をくっつけることで間に合わせている。
特別な語であらわすことをしない。

ということは、わたしたちは英語人のようには順序や順番にこだわらなかったのだろうか?
古代の日本列島は、順序や順番にこだわらなくてもいい社会だったのだろうか?

古代でも、「この子はうちの6人目の子どもです」と、知人に紹介することはあったのではないだろうか?
ただ、「6人目」は漢語だから、漢字・漢語の伝来以前はどのように表現したのか気になる。

「6」は「むっつ」、「人」は「たり」、「目」は「め」。
これらをどう組み合わせたのだろう?

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2021年6月 6日 (日)

数と数字

サルやいのししが数を意識しているかどうかはわからない。
しかし、人間が生きていく上では数の認識と処理が欠かせない。

だから、毎日の新聞には数字が満載である。
日本では漢数字とアラビア数字が併用されている。

今朝の朝日新聞の1面には次のような記事が出ている。
「昨年出生数、最少84万人。婚姻数12%減、戦後最少に」
「東北新社の担当者が17年8月18日、衛星放送認可を担当する…」
また、先日の新聞には「米、6兆ドルの予算教書」という見出しもあった。

数値はアラビア数字で、大数は「万、兆」という漢数字で表記している。
うまく使い分けているものだ。

ただ、明治三十三年七月二十五日付の神戸新聞には、「水道事務所にては毎年七月二十八日開庁日なるを以って…」という記事が出ている。
どうやら戦前までは、漢数字一本で表記していたようだ。

手許に韓国でお土産に買ってきた新聞がある。
韓国では基本漢字を使わないから、数値はアラビア数字だけれどもその後に続く文字はハングルである。
おそらく韓国語の固有語なのだろう。
日本で言えば、「17年8月18日」の部分は「17とし8つき18ひ」という感じだろうか?

ネットで「84万人が生まれた」を英訳してみると、「840,000 were born」と出てくる。
「84万人」ならまだいいけれど、「84億人」はどう書くのだろう?

と思って試してみると、「8.4billion were born」と訳されてきた。
「billion」という数字ではない語を動員せざるを得ないのだ。

もっと大きな数の場合はどうなる?
漢字の「兆」や「京」にあたる語もあるのだろうか?

他の言語でもどのように数を表現、表記しているのか気になる。
諸言語における数表記の比較研究など、どなたかやっているのだろうか?
言語による違い、時代による違いなどを比較してみれば面白いのではないかと思うのだが。

アラビア数字では、9の次は10である。
10の次は11である。
10以降は2文字であらわす。
9までの固有の数字を組み合わせて表現する。
つまり、0から9までの数字を使って無限の数を表現することができる。

漢数字では九の次は十である。
その次は十一である。
アラビア数字と違って、11以降が2文字になる。
前回お話ししたように漢字には「無量大数」という数詞があって(数詞と言えるかどうか疑問だが)、10の88乗をあらわすことだできるそうだが、アラビア数字のようにダイレクトに無限の数をあらわすことはできないのではないか?

ローマ数字では、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと象形を思わせる数字で始まる。
そしてⅣ、Ⅴ、Ⅵと続く。
さらに、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ…。

ⅤとⅩを除き、4以降2文字になる。
あとは、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、及びⅤとⅩを組み合わせて表現する。
この方式で行けば、理論上無限の数を表現することも可能ではあるが現実的でない。

そういえば、漢数字でも一、二、三と3までは象形文字の数字であるが、四からがらりと変わる。
この点、ローマ数字と共通している。
ユーラシア大陸の西から東まで、人々の数概念の上で3と4の間には飛躍がありそうだ、
それから、10がひとつの節目になることも共通している。

さまざまな数表記を手掛かりとして、人類の数概念を研究してみるのも興味深い。

アラビア数字が10個の数字で無限の数を表現できるのは、ひとえに0という数字があることによる。
漢数字でもローマ数字でも0がなかったから、Ⅹや十という別あつらえの数字を作らざるを得なかった。

「ない」という状態を数として認識し、それを0という数字であらわすことを考えた人は本当にえらかった。
今日のIT社会も、0と1で出来上がっているのだ。

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2021年5月30日 (日)

漢数詞と和数詞

わたしたちが社会生活をするためには、数の認識と処理が欠かせない。
そのための言語装置として、数詞があり序数詞がある。

だから、毎日の新聞には数字が満載だ。

日本語では、和数詞と漢数詞を用いる。

前回お話ししたように、和数詞は10までしかない。
11以上は漢数詞に切り替わる。

漢数詞は漢字とともに日本列島に入ってきたから、漢字伝来以前はどうやって11以上の数を表現していたのだろう?
11は「とおあまりひとつ」と言ったのだろうか?
11日は「とおかとひとひ」と言ったのだろうか?

11はまだいいとして、では111なら?
1111はどう言ったのだろう?

どんどん疑問は広がってゆく。

それともそんな大数、古代は必要がなかったのだろうか?
11以上は「たくさん」で片づけたのだろうか?
(「たくさん」は漢語だと思うけれど)

でも漢字には、「百」も「千」も「億」も「兆」も「京」もある。
京は10の16乗をあらわすとのこと。
そういえば「京」というスーパーコンピュータが神戸にあった(今は次世代の「富岳」に変わっているけれど)。

漢字にはまだまだある。
ネットで教えられたところによると、何と「無量大数」というのは10の88乗をあらわすそうだ。

やっぱり古代中国やインドの人々にはかなわない。
それとも、10以上は「たくさん」で片づけた古代の日本語話者のほうが無用な妄想に悩むことがなかっただけ幸せだったかもしれない。

現代日本人も「兆」くらいまではよく使う。
というか、使わないとお金の話などできない。

今朝の新聞の見出しにも「「米、6兆ドルの予算教書」というのがあった。
漢字はありがたい。
ニューヨークの新聞は「6兆ドル」をどのように表現しているのだろうか?

日本語では、和数詞と漢数詞を用いる。
状況に応じて使い分けている。

たとえば今朝の朝日新聞に「古代エジプト展、来月1日に再開します」という告知が出ていた。
この場合、わたしたちは「1日」を「ついたち」と読む。
ふつう、「いちにち」とは読まない。
しかし、もしこれが11日なら「じゅういちにち」と読むだろう。

また、同じ新聞に「計30時間の受講要件を満たすため、1日6時間の講習を5日連続で受けた場合…」という1節があった。

この場合の「1日」は「いちにち」と読む。
また、「5日」は「いつか」と読むだろう。
「ごにち」とは読まないと思う。

さらに、こんな記事もあった。
「一つの脚本ができるまでには無数の可能性がある。人生で誰もが一度は考える、もしもの世界が…」

ここでは和数詞と漢数詞が使われているが、これを入れ替えることもできる。
「一本の脚本ができるまでには無数の可能性がある。人生で誰もがひとたびは考える、もしもの世界が…」

しかし、わたしたちは前者が「ふつう」と感じる。

このように、和数詞と漢数詞の使い分けについて「ふつう」と「そうでない」のとがある。
なぜなのだろう?

「むかしからそうだったから」、「慣用だから」というのは思考停止である。

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2021年5月23日 (日)

数詞と助数詞

わたしたちはみかんを数えるとき、
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお…」と数える。

このほか、
「いっこ、にこ、さんこ、よんこ、ごこ、ろっこ、ななこ、はちこ、きゅうこ、じゅっこ…」と数えることもできる。

上は和語、下は漢語である。

わたしたちが日常生活を送るにあたって、数を数えたり順番を確認することが欠かせない。
その時に用いるのが数詞である。

韓国やベトナムを含む旧漢字文化圏では、漢字とともに漢数詞が入ってきた。
だから日本語と同じように、2系列の数詞体系がある。
欧米語圏にはない現象だと思う。

このように、わたしたち日本語を母語とする人間は和数詞も漢数詞も併用している。
場面に応じて使い分けている。

実際、どちらのほうが優勢なのだろう?

少なくとも11以上は漢数詞の世界である。

和数詞は11以上を表現することが苦手なのだ。
無理をすれば、15を「とおあまりいつつ」ということもできるけれど、誰もそんなことはしない。
「とお…」のあとは「じゅういち、じゅうに…」と漢数詞に切り替わる。

子供に年齢を尋ねてみる。
3歳の子は「みっつ」と答えるだろう。
「さんさいです」とは言わないと思う。

しかし9歳の小学生ならどうだろう?
「ここのつです」とは言わないのではないか。
「きゅうさいです」と答えると思う。

だから、和数詞には幼さの印象がついて回る。
公平に見て、日本語のなかでも漢数詞のほうが汎用性が高く優勢であることは否めない。

そうはいっても漢数詞にも弱みはある。

上の漢数詞で数える例でも、「いっこ、にこ、さんこ…」のあと「よんこ」となっている。
「こ」はもちろん「個」であり、漢語の助数詞だ。
だから、漢数詞を用いるのは当然なのだけれど、なぜか漢数詞を用いて「しこ」とはいわない。
漢数詞の「し」は「死」に通じるので忌避されるのだろう。

同じく「ななこ」もそうだ。「ひちこ」とは言わない。
この場合は、漢数詞の「いち」と「ひち」がよく似ているので誤解を避けるための工夫だろう。
だから、そういう誤解の恐れのない場合は「ひち」も使う。

わたしたちは二つの系列を使い分けているけれども、きちんと区別しているわけではない。
たとえば、教室にいる生徒の人数を数えるときは、「ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん、ろくにん、ひちにん、はちにん、きゅうにん、じゅうにん…」と数える。

1人、2人は和数詞で数えているけれども、3人以上は漢数詞で表現している。
ただし、「よにん」は別である。これを「しにん」とするのはさすがにまずい

もちろん、「いちにん、ににん…」と漢数詞で統一することもできるのだが、そんなことをする人はだれもいない。
1人、2人の場合は「ひとり、ふたり」と表現するほうが、日本語話者の言語感覚にかなっているとしか言いようがない。

「20歳です」というより「はたちになりました」というほうが実感がこもっているようにわたしたちは感じる。
そんな言語感覚である。

逆に、「いちにん」とは言わないから「ひちにん」と言える。
この場合は「いち」と「ひち」を誤解することがないからだ。

日本語では数詞の後に、対象に応じた助数詞がくっついて数表現が行われる。

本なら3冊。
鉛筆なら3本。
犬なら3匹。
同じ動物でもカバなら3頭。

こんなのは誰でも知っているけれど、

たんすはひとさお。
かたなはひとふり。
じゅずはいち連。

などは知らない人も多いのではないか。

とにかく対象に応じて、助数詞の種類はいっぱいある。
これも日本語の大きな特徴のひとつだろう。
日本語を学習する外国人にとっては大変だ。

英語なら、
「10人の生徒が3台の車に分乗しました」は「ten students got into three cars」だし、「3人のこどもが7個のリンゴを食べました」は「three chiidren ate seven apples」になる。

助数詞はない。数詞だけで片づけている。
語学の学習という点ではこちらのほうがラクだろうと思う。

そのかわり日本語話者のほうが事物をよりきめ細かく認識していると言えるかもしれない。

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2021年5月16日 (日)

文字と数字

これまでことばと文字、人間と文字について愚考を重ねてきたけれど、抜け落ちていたものがあった。

それは数字である。

数の概念は、人類が誕生した時からあったと思う。
人間が社会生活を営むにあたって、数の問題はどこまでもついて回る。

たとえば、ここに5人の原始家族がいる。
円座に座った真ん中に、7個の果物がある。
これをどう公平に分けるか?

数の認識と処理が欠かせないのだ。

数がそれほど多くなければ、その数を視覚的に表現するのはそれほど難しくない。
人間が3人いることをあらわすのは、石ころを3個置いてもいいし、地面に枯枝で3本の線を描いてもいい。
文字の誕生以前には、人々はこのように数を表していたと思う。
漢数字の「一」やアラビア数字の「1」、ローマ数字の「Ⅰ」はそれを継承したものだろう。

やがて文字が誕生した。
数字もごく初期に成立したと思う。

これまで再三参照してきた光村図書の「こくご一上」では、
初出の漢字が「大」、
次に「犬」、
そのあと「火、田、山、川、木、竹、日、口」など、漢字が象形であることが容易にわかる字が続き、
上巻の終わり近くに、「かずとかんじ」と題して漢数字が登場する。

数字が文字成立のごく初期に誕生したことの名残りだろう。

わたしたちは、漢数字のほかにアラビア数字、ローマ数字などを知っている。
そのほかの文字体系のなかでも、独自の数字があるのだろうか?

アラビア数字というくらいだから、アラビア語のテキストの中ではこの数字が用いられているのだろうか?
では、キリル文字ではどうか?
ヘブライ文字ではどうか?

ひょっとして、わたしたちが知らない数字が今も使われているのかもしれない。

漢数字では、「一、二、三」のあと「四、五…」と続く。
三までは素朴な文字以前の名残をのこしている。
しかし、四以降は実際の数と関係のない文字になっている。
漢字を作った人々は、四以降は別の体系に属する数と考えたのだろうか?

ローマ数字では「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」のあと「Ⅳ、Ⅴ…」と続く。
ⅤやⅩは実際の数と関係のない文字になっている。
あとは、「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」と「Ⅴ、Ⅹ」との組み合わせによる。
やはり、Ⅳ以降は別の体系に属する数と考えたのだろうか?

アラビア数字では、「1」だけが素朴な文字以前の象形である。
2以降は実際の数と関係のない文字になっている。

アラビア数字には「0」がある。
数をあらわすとき、これがあればとてつもなく便利だ。
0を発見し、これを「0」で表記した人は本当にえらかった。
現在のデジタル社会も「0」があればこそだ。

ローマ数字に「0」に相当する数字はない。
漢数字にもない。

あえて書くとすれば「零」だろうけれど、これは数字ではない。
本来は「おちる、こぼれる」を意味する漢字なのだ。
音が「レイ」と共通しているので、強引に借用したのだろうか?

わたしたちは日本語で、
「教室には8人の生徒がいました」と書くのが一般的だ。

これを英語に自動翻訳してみると「There were eight students in the classroom」になる。
アラビア数字の「8」を用いないのだろうか?

もちろん日本語でも、
「教室にははち人の生徒がいました」と書くことはできるけれども、表記としては異様である。

英語ではここで「8」を用いるほうが異様なのだろうか?
数字の使い方も一筋縄ではいかないものだ。

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2021年5月 9日 (日)

文字のお勉強(その14)

何度もお話ししているように、話しことばと違って書きことばは「教育」という営みを通じてしか身につかない。
何がしかの集団的、組織的、体系的な取り組みが欠かせない。

音声言語が自然に属しているのに対して、文字言語は文明に属しているのだ。
このことは洋の東西を通じて、時代を超えて変わらない。

音声言語の起源はわからないが、ひょっとすると神さまからの贈り物だったかもしれない。
しかし、文字言語の場合そんな妄想の余地はない。
明らかに人間の発明品なのだ。

だから、文字を習得し文字言語を使いこなすためには文明の制度である学校と教育が欠かせない。

これまで主に現代日本の国語教育を教科書に即して分析してきた。
時には気になって、他の漢字圏、他の文字圏の現況もちょっぴり調べてみたりした。

あとは足元の日本の、古い時代の文字教育はどんなだったか知りたいものである。

たとえば、漢字がはじめて日本列島にもたらされた時のことを考えてみる。
おそらく紀元前後から、日本列島には漢字という文字が断片的に入ってきていただろう。

でもそれまで原日本人は、無文字社会で暮らしていたのだ。
その奇妙な図像を目の当たりにしても、その図像が言語活動において果たす革命的な力を理解できたかどうか?

もちろん、文字だけが一人でやってきたわけじゃない。
それを使える中国か朝鮮の人が一緒にやってきた。

その人が原日本人たちに漢字というものの意義と使い方を教えたことだろう(通訳はいたと思う)。
そうやって少しずつ漢字が日本社会に浸透していった。

あとは文字教育を行う学校がいつ成立したか、ということだ。
その学校において漢字教育のカリキュラムがどのように成立したのか、ということだ。
その学校で教育を行う先生はどのように養成されたのか、ということだ。

そのあたりがさっぱりわからない。

漢字伝来の経緯やその後の普及の歴史についてはいろいろ研究がある。
しかし、たとえば飛鳥時代のこどもたちがどこで、だれから、どのように漢字を習ったのか、それがわからない。
古代漢字教育の研究書が見当たらないので、具体的な授業風景、学習風景が浮かばないのだ。

正史によれば、応神天皇の御代に朝鮮の王仁が「論語」と「千字文」をもたらした、とある。
「千字文」は子供に漢字を教えるときの教科書らしい。
だから、古代の学校での漢字教育も「千字文」を教科書に使っていたのかもしれない。

音声言語と違って、文字言語を行うには道具がいる。
学校で文字授業をやるにも、和紙や毛筆や墨が必要だ。
いずれもいまよりはるかに高価だったにちがいない。
結局、金持ちの子どもしか文字を学べなかっただろう。

時代が下って江戸時代になると寺小屋や藩校が発達する。
寺子屋では読み書きそろばんが、藩校では儒学が盛んに教えられていた。

この頃になると史料がいっぱいあるので、まじめに読み込んでいけば具体的な授業の様子がよくわかると思う。

藩校で使われた「論語」はもちろん寺子屋の教科書である「庭訓往来」にしても漢字ばかりだから、まずは漢字を身につけなくてはならない。
いまの義務教育の2000字よりも多かったのではないか?

漢字教育のカリキュラムはどんなだっただろう?
いまの小学生と同じで、最初は「大」、つぎに「犬」だったのだろうか?
はたまた、ひらがなやカタカナとの役割分担は?

文部科学省などない時代だから、教育機関それぞれに創意工夫を凝らしてカリキュラムを作り上げていった。
中にはユニークなカリキュラムもあったことだろう。

どなたか紹介していただけないだろうか?

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2021年4月25日 (日)

文字のお勉強(その13)

前にもお話ししたように、光村図書の「こくご一上」の70ページにはじめての漢字「大」が登場する。
「大きな 大きな かぶ」として登場する。
9年間にわたる長い漢字学習史の記念すべき出発点である。

次いであらわれるのが「犬」である。
74ページに初出する。
「まごは 犬を よんで きました」という文であらわれる。

なるほど。
画数の少ない平易な漢字から、使用頻度の高い漢字から、そして前出の漢字との関連性に配慮しながら配当していくのだなあ。

こうして1年生80字の配当表が出来上がる。
配当の任に当たる人の苦労は大変なものだと思う。

この段階では使用できる漢字はごく制限されているから、85~90ページあたりでは「じどう車」、「車たい」、「火じ」というまぜ書きの表記が行われている。

日本にひらがながあって本当に良かった。
だから、1年生でもこれらの語彙を文字化することができる。

大人たちだって、ひらがなを活用してまぜ書きを行う。
最近では「医療のひっ迫」や「まん延防止措置」などの表記が流行している。
ほかにも「駐とん地」、「ちゅうちょなく」、「ねつ造」、「改ざん」などの表記によくお目にかかる。

先日の朝日新聞にこのことについて、コメントが出ていた。
間が抜けていて、不自然で不格好な表記だと批判していた。

しかし私は必ずしもそうは思わない。
漢字ばかりの羅列だと緊張を強いられる。
思わぬところにひらがながあらわれると、息抜きができる。

間が抜けている印象はあるが、ユーモラスでもある。
特に「まん防」なんてそんな感じがする。

あなたはどう思われるだろうか?

同じ漢字圏でも台湾にはひらがながないから、まぜ書きという便利な方法は使えない。
だから1年生から500字を学ばなければならない。
小学校6年間では3000字だ。
日本とは比べものにならない。
6歳の子が本当に1年間に500字もの文字を習得できるのだろうか?

順序としては、日本と同じように画数の少ないやさしい漢字から学ぶのだろう。
やはり最初は「大」で次は「犬」だろうか?
台湾の教科書をのぞいてみたい。

画数が少ない漢字からと言っても、繁体字だから1年の最後には「讀」なんかが出てくる。
「歓迎」の「歓」の繁体字も出てくる。
これなど私のワープロ辞書にも搭載されていない。
台湾の子どもたちは本当にご苦労さまである。

台湾には漢字を学ぶ際の補助的手段として、注音符号という発音記号があるらしい。
漢字を変形したもので、日本の仮名と似たところがあるようだ。

ならば日本の1年生のように漢字と注音符号のまぜ書きもしているのだろうか?
そうだといいのだけれど。

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2021年4月18日 (日)

文字のお勉強(その12)

初等中等教育の国語教科書には、その国の言語観が反映されている。
したがって諸外国の国語教科書を比較することで、それぞれの言語観の違いがよくわかると思う。

イギリスやフランスの小学校の国語教科書はどうなんだろう?
キリル文字を使うロシアの教科書はどうか?
アブダビの小学校の教科書など見たこともないが、どんなだろう?

多数の言語が使われていると聞くインドでは小学校の国語教科書も複数存在するのだろうか?
ラオスやスリランカの教科書はどうか?

ベトナムは漢字からチュノムを経てローマ字に変わった国だけれど、こうした文字の歴史的変遷についてはどう教えているのだろう?
また、どんな評価を与えているのだろう?

イギリスの一部やアイルランドではケルト語の復興に取り組んでいると聞くけれども、そのための教科書もできているのだろうか?
バスク語の教科書ものぞいてみたいものだ。

とにかく知りたいことばかりである。
世界中の教科書を集めている図書館がどこかにないだろうか?

少なくとも同じ漢字圏である中国や台湾の教科書との比較はぜひしてみたい。

いうまでもないことながら、中国や台湾には漢字しかない。
だから習得しなければならない漢字は日本よりはるかに多い。

日本では小学校6年間で学ぶ漢字は1000字ちょっとだけれど、台湾では3000字、中国では4700字も学ばなければならないそうだ。
たとえば日本では小学校1年に配当されている漢字は80字だが、台湾では500字。
なんと「聲」のようなむずかしい繁体字も1年に配当されている。
また日本の小学校2年に配当されている漢字は160字だけれど、中国の小学校2年生は1254字も学ばなければならない。

6歳や7歳の子どもが本当に1年間でこれだけの漢字を習得することができるのだろうか?
漢字があるせいで日本の子どもは大変と思うけれど、中国や台湾の比ではないですね。

ローマ字は26字(大文字を含めても52字)。
そしてそれだけ。

文字を身につけるために必要な時間的、精神的、体力的負担の格差は歴然としている、
これは社会的損失と考えてよいのではないか?
普通ならそう思うところだ。

しかし、不思議なのは日本でも中国でも台湾でも漢字廃止の声がそれほど大きくならないことだ。
たしかに漢字廃止の声や動きはかつてあったし、いまもないことはない。
中国では繁体字から簡体字に改めた。

しかし、なぜか大きな動きにはならない。
ベトナムのように漢字からローマ字に完全に置き換わってしまうことも、当分は考えられない。

たしかに漢字圏では文字教育の負担は非常に大きいけれども、それが社会発展の足を引っぱっているわけでもない。
前にもお話ししたように今では漢字の存続はIT技術に依存しているのだけれども、そのITに欠かせない半導体の生産では漢字圏3か国が世界の最先端なのだ。

なぜだろう?

漢字は不合理なところや不都合がいっぱいある古代文字である。
漢字から別の文字に移行する例は数あるけれど、その逆はない。
それでも東アジアではしぶとく生きのび、いまもばりばりの現役である。

なぜだろう?

ひょっとするとわたしたちがまだ知らない力が漢字にはあるのかもしれない。
あまたある不都合をおぎなってあまりある秘められた力があるのかもしれない
漢字を学習し使うことが脳を賦活する作用があるのかもしれない。

漢字の力の源泉としてひとつ思い当たるのは、事物との結びつきである。
山や川や水や雲といった世界を構成するさまざまな事物と、象形という形でつながっている。
そのつながりが名状しがたい力となって、わたしたちに迫ってくるのかもしれない。

ローマ字は高度に抽象化することでこの事物とのつながりをみずから断ち切ってしまった。
そのかわり抽象化することで汎用性を手に入れ、ITを動かす文字になることができた。

結局どちらも使えることがありがたいことなのだ。

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2021年4月11日 (日)

文字のお勉強(その11)

学校における言語教育は、文字教育から始まる。

日本語の場合、まずひらがなから始まる。
ひらがなは小学校1年の前半でマスターし、続いてカタカナもマスターしてしまう。
あとはえんえんと漢字学習が中学3年まで続く。

そうして習い覚えた文字を駆使して実用文や文学作品を読解し、あわせて手紙の書き方など言語表現を学ぶ。
音声言語についても発表や議論の仕方などに触れるけれども、文字言語に比べると付け足しの感を免れない。

こうして初等中等教育におけるカリキュラムを通覧してみると、いやでもその国の言語観が投映されていることがわかる。
日本語の場合は、上に見たように文字言語偏重である。
言語教育はすなわち「読み書き」教育なのだ。

こうなると、他の言語圏の国語教科書も見てみたくなる。

たとえば、伝統的に音声言語優位の欧米語の場合はどうなのだろう?
古代ギリシャ・ローマから伝わる自由7科の中には、文法学や修辞学、論理学が含まれている。

日本では明治になるまで演説の伝統はなかったけれど、西洋では広場に集まった大勢の市民の前で演説をぶって人々を納得させ引き付ける能力が尊ばれた。
修辞学や論理学、文法学、言い回しの技術はそのために必要だったのだろう。

雄弁や弁論、つまり音声言語を尊ぶ伝統は欧米語圏の国語カリキュラムにあらわれていると思うのだが、どうなのだろう?
音声言語の教育も日本語のように付け足しではないかも。

ローマ字は大小合わせてもひらがなと同じくらいの簡単な図像だから、日本の小学生と同じように1年生に前半で片付いてしまう。
そしてそれだけなのだ。
漢字のような厄介な代物は一切ない。

だから、文字そのものの教育はあっという間に終わってしまう。
あとば文法や言語表現の技術に注力するのだろうか?

ローマ字だけではない。
使用文字が1種類だけなのは、キリル文字でもテーバナーガリー文字でも、アラビア文字でも同じである。
それぞれの言語圏で文字学習が終わった後は、何をどのように勉強しているのだろう?

いやいや文字が1種類だけだからと言って、それで文字学習が完了するわけではない、という声がある。
ローマ字にしても、AやBやCを覚えただけでは、読み書きには何の役にも立たない。

AやBやCという文字単体は音も意味もあらわさない。
これらが複数集まり配列を作って、ようやく音と意味が立ち上がるのだ。

よくローマ字は表音文字と言われるけれども、そうじゃない。
あれは音素文字なのだ。

だから子供たちはCAKEやBOOKやDESKとして覚えなければならない。
CAKEやBOOKやDESKならまだいいけれども、KNIGHTやNEIGHBOURHOODになると、骨が折れるかもしれない。

特に英語の場合、綴りと発音が規則的でなくかけ離れていることが多いので大変だ。
文字そのものは忘れなくても、綴りは忘れてしまうこと、間違ってしまうことがあるにちがいない。

イギリスやフランスの国語の先生たちはどのように教えているのだろう?

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2021年4月 4日 (日)

文字のお勉強(その10)

むかしから「読み書きそろばん」というように、言語教育とはすなわち読み書きの勉強だった。
そして、文字の習熟がその第一歩だった。

その文字教育だけれど、日本ではひらがなとカタカナは小学校1年で終わってしまう。
4年生でちょっぴりローマ字が顔を出す。
あとは中学3年までえんえんと漢字教育である。

高校になるともう文字教育はない。
文字を自由自在に使いこなせるという前提のもとに、読解や言語表現の学習に重点が移る。

もちろん、初等教育や前期中等教育も文字教育オンリーではない。
小学校や中学校でも、詩や散文の読解がある。

その読解だけれど、6年生になると狂言が登場する。
中学になると本格的に古文があらわれる。
漢詩文も学ぶ。

高校になると、古文や漢文はもはや独立したカテゴリーとしての扱いになる。
こうして、こどもたちの読みの世界は時間的にも空間的にも広がっていく。

言語表現の分野では、習い覚えた文字や語彙を使って手紙や実用文を「書く」学習が、小学校1年の段階から始まっている。

文字を媒介としない話しことばについても、発表の仕方やシンポジウムの進め方などは一応教科書に出ているけれども、公平に見て書きことばほど重きを置かれていない。
露骨に言えば、軽く扱われている。

それも無理のないことなのだ。
人は成長するにしたがって、だれに教えられることもなく歩けるようになる。
だから、歩行教育というものはない。

それと同じように、人は大きくなるとともにだれに教えられることもなくしゃべれるようになる。
しかも、発話は日常生活そのものだ。
だから、音声言語については教育の出番が少ないのもやむを得ない。

国語教育では、日本語そのものや語彙についての知識も小学校から学ぶ。
中学になると文法がひとつのカテゴリーにもなる。

文法は、日ごろ空気のように無意識に使いこなしている日本語について客観的に見直すいい機会なのだが、内容がわりに無味乾燥だから、こどもたちに人気がない。
私も苦手だったしきらいだった。

文法を面白く教える方法があればいいのだけれど…。

ここまで国語教科書をレビューしてきて、ひとつ抜けていることに気が付いた。
それはアラビア数字のことである。

漢数字は「一年上」で学ぶけれど、アラビア数字についてはどこを探しても何もない。
もちろんアラビア数字はページ数の表記として「一年上」の最初のページからあらわれるけれども、その説明はどこにもない。

アラビア数字など、もう幼稚園や保育園の段階でマスターしていることが前提になっているのだろうか?
何しろ生涯お付き合いしなければならない文字なのだから…。

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