究極の選択(その3)
前々回は突如独裁者があらわれた。
前回はいきなりアンケートをつきつけられた。
発端はともあれ、文字言語と音声言語のどちらか一方を選べ、という究極の選択を迫られたのだ。
こうなると、人はいやでも双方の比較対照をせざるを得ない。
これまで考えてもみなかったことだ。
しかし、考えはじめてみるとこれがきりがない。
話しことばは共同行為、書きことばは単独行為。
音声言語は熱いことば、文字言語は冷たいことば。
音声言語は神聖なことば、文字言語は世俗のことば。
音声言語ははかないことば、文字言語は永遠のことば。
話しことばは自然児、書きことばは優等生…。
などなど、対比はいくらでも思いつく。
その上、選択の決め手は容易に見つからない。
試みに、二手に分かれてディベートをやって見ればいい。
きっと、議論はいつ果てるともなくえんえんと続くだろう。
こんなことでは、独裁者が与えてくれた1か月の猶予期間はあっという間に過ぎてしまいそうだ。
本当にこの独裁者が架空の存在でよかった…。
そもそも、ことばの世界のこのふたりはどんな関係にあるのだろう?
少し前には、ふたりの関係をうんと年の離れた兄弟にたとえたこともあった。
しかし、それにしては上で考えたようにその対比はあまりにも鮮やかだ。
ひょっとすると、このふたりは兄弟なんかではなく赤の他人かもしれない。
他人同士が同じことばの世界で時に手を結び時にいがみ合って共存している、というのが真相かもしれない。
独裁者とアンケートのおかげで、思わぬことを考えてしまった。


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