2018年6月25日 (月)

土地と名前(その8)

前回は最後のほうで少々いじけてしまった。

でも、だれも何も言わない以上、いじけるだけの値打ちはあるのではないか。
そう開き直ってみたい気もする。

それというのも、名あるいはことばが創世記が語る天地創造ではとても重要な役割を果たしているからだ。

まず、神さまが「光あれ!」ということばを発したから光が生まれ闇が生まれた。
そして神さまは光を昼と呼び闇を夜と呼んだ。

つまりそこで時間が誕生し、時間の分節が始まったのだ。
「朝となり夕となって、一日が終わった。」

創造の二日めに神さまは「大空あれ!」と言った。
すると、そうなった。
そして大空を天と呼んだ。

つまりそこで空間が生まれ、空間の分節が始まったのだ。
あとはみなさんご案内の通り。

時間が生まれ、空間が生まれ、時空間の秩序が生まれたのはすべてことばのわざによる。
創世記はそう語っているのだ。

地名もまたことばである以上、私がエデンの園やそこを源流とする4本の川の名の由来を問題にするのは少しもおかしくない。
何といってもこの世で最初の固有名詞なのだから(少なくともキリスト教世界では)。

ついでだから、この際人名についてもこだわってみたい。

神さまは創造のプロセスで植物を作り動物を作り、最後にみずからに似せて人間を作って世界の支配権を与えた。

その最初の人間の名はアダムと言った。

人は赤ちゃんが生まれるとその子に名前をつける。
どんな名前にしようか?けっこう思い悩むものである。
私にもそんな経験がある。

アダムの名付け親はもちろん創造主の神さまである。
神さまもそれなりに悩んだのだろうか?

このあたり、旧約聖書の言語であるヘブライ語とその日本語訳との関係が問題になってくる。

日本語訳の聖書では、最初は単に「人」となっていて「アダム」という固有名詞が登場するのは4章の終わりないし5章のはじめからである。

解説によれば「アダム」は「人」の意味ということだから、ヘブライ語で書かれた原創世記では神さまがアダムを創造した時からずっと同じ語で通してきたことになる。

ならば5章第3節で、神さまがアダムと命名したという記述はどのような意味を持つのだろう?

多くの日本語訳の間にも異同がある。

ある訳では、5章3節でアダムの命名が初出するのに、すでに4章25節でアダムの名が明記されている。
別の訳では、同じ個所はまだ「人」と表記されている。

こうして考えれば考えるほど、混乱は深まってくる。
まるで宇宙開闢のときの混沌のようだ。

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2018年6月17日 (日)

土地と名前(その7)

前回は最後のところで大風呂敷を広げてしまった。
戦線を広げすぎて収拾がつかなくなり、お手上げ状態に陥ってしまった。

われながらみっともない。
だから、戦線拡大前に戻ってもう一度じっくり着実に考え直してみたい。

前回はアダムが動物たちに名づけをしていくシーンが登場した。
その関連で創世記を読み直してみた。

するとまたしても素朴な疑問がわいてきた。

神さまが土くれから人を創造された時のこと。
そのあと創世記は、「そこでヤハウェ神は東のほうエデンに園を設けて」人をそこに住まわせた、と語る。

「エデンの園」という名は、日本のような非キリスト教圏でも人口に膾炙している。
宝塚には同名の介護付き老人ホームもある。

それだけ印象のいい名前、楽園の別名なのだ。

しかし、私がひっかかったのはこの部分である。

「エデン」というのは地名、あるいは場所の名前である。
名前であるからには、「智頭」と同じくいつか、だれかが付けたのだ。

しかし創世記はそんなことお構いなしに、まるで始原からその名が存在するかのように唐突に「エデン」を持ち出してくる。

エデンという地名を神さまが名付けたとは書いていない。
神さまの名づけ以前からその名があったとも書いていない。

このあたり、創世記は知らぬふりをしている。

エデンの園を源として川が流れ出し、4本の川に分流している。
4本の川にはそれぞれビション、ギホン、ヒデケル、ユーフラテスという名がついている。

これまたエデンと同じく、命名のいきさつは何も語られていない。
さも名があるのが当然のようにその名が呼ばれている。

多くの素直な人びとも当然のようにその記述を受け入れている。
なるほど人は最初エデンの園に住んでいたのか、そこからはこれこれという名の4本の川が流れ出していたのか、と。

地上におけるエデンの園をどこに比定するのか、という論議は昔からかまびすしく行われてきた。
やれアルメニア地方だろうとか、やれいまは海底になっているペルシャ湾のどこかであろうとか。

それに比べて、エデンという名や4本の川の名そのものが議論になった形跡はない。
みんなそのあたりはスルーしている。

だれが、どういういきさつでその名を付けたのか、ということにこだわるのは私だけなのだろうか?
そんなことどうでもいいじゃない、もっと大事なことがあるじゃない。

みんなそう言うのだろうか?
要するに私がへそ曲がりなだけなのだろうか?

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2018年6月10日 (日)

土地と名前(その6)

5月の晴れた日に鳥取県智頭町を訪ねたことがきっかけとなって、土地とその名の関係への疑問が再燃した。

8年前の秋にはじめて土地と名前のかかわりについて考えたのも、小海線で小諸から小淵沢まで列車の旅をしたことがきっかけだった。

私はこれまでさまざまな旅をかさねてきた。
それはそのままことばの不思議をめぐる旅でもあった。

だから似たようなテーマについて、あきもせず繰り返し考えている。
そして、素朴な疑問への答えは一向に出ない。

8年もたってまた同じことを考えている。
少しも進歩がない。

と言えるかどうか?

同じような疑問を考えているようで、よくよく観察すると実は位相が異なっているかもしれない。
次元が一つ上がっているかもしれない。
そうであればよいのだが…。

土地の名に意味はいらない。
他と区別できる符牒であればよい。

だから、「ちず」でなく「ずち」であってもかまわない。
それでも里の人たちは「ずち」でなく「ちず」を選んだ。

それはまったく偶然の出来事だったのだろうか?
そこに何らかの意味の働きはなかったのだろうか?

わたしたち人間は「意味」を求めてやまない生物だから、名の成立にはどうしても意味の関与を求めてしまうのだ。
そうして風土記は地名起源説話を語り、地名学者や郷土史家たちはいまも語源を研究している。

地名は固有名詞である。
でもこのことは固有名詞にとどまらない。

普通名詞でも名づけと意味の関係を考えざるを得ない。
固有名詞の場合無意味な音声記号でもさしつかえないけれど、普通名詞はそうはいかないからなおさらだ。

旧約聖書の創世記には、アダムの前に連れてこられた動物に彼が次々名前を付けていく、神さまがそれを見守っているというシーンが登場する。

アダムはどんな思いで名を付けたのだろうか?

「こいつはにゃーにゃー鳴くから、ねこと名づけよう」
彼はそう考えたのだろうか(アダムは日本話者じゃなかったけれど)?
だとすれば命名に意味が働いたことになる。

犬に対して「ぬい」ではなく「いぬ」と命名したのはどうか?
「ぬい」でもよかったのだけれど、たまたま「いぬ」という音声が口をついて出たからそうなった。
とすれば、この場合「意味」は働かなかったことになる。

うーむ。

考えてみればこの問題は名詞だけに限らない。
動詞でも形容詞でも、はたまた助詞でさえこの問題を抱えている。

こうして事態は際限なく広がってゆき、もはや収拾がつかなくなるのだ。

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2018年6月 3日 (日)

土地と名前(その5)

中国山地の山あいに「ちず」という小さな町がある。
5月のある晴れた日にその地を訪れたことは少し前にお話しした。

山間の小さな静かな町を歩きながら、「ちず」という地名に思いをはせてみた。

「ちず」の名は「和名類聚抄」に登場するから、遅くとも奈良時代以前からあった。
いま、「ちず」には「智頭」という漢字が当てられているけれど、その名はおそらく漢字伝来以前からあった。

つまり、はるかな昔にだれかが何らかのわけを以って、この地と「ちず」という音声記号を結びつけたのだ。

むろんその「だれか」なんて分かるはずもないから、里人の集合的無意識がその名を成立させた、と前回は逃げを打った。

地名にはいちいち「意味」など必要ない。
単なる符牒、無意味な音声記号でも十分こと足りる。

しかし、智頭の里人がこの地と「ちず」という音声記号を結びつけるにあたってまったく恣意的だったということはあり得るだろうか?
これが私の素朴な疑問である。

ある時、「ちず」という音声記号があらわれ、それがこの地を指すものとして人々に受容され共有されることではじめて「ちず」という地名は成立する。
そのプロセスの中で「意味」が何らのはたらきもしなかった、なんてことが本当にあるのだろうか?

8年前の秋にも、地名と意味の関係についてシリーズで考えてみた。
けれど、私の力量ではなにひとつわからなかった。
今また同じことを考えている。
少しも進歩がない。

いずれにせよ、地名はこうして人を引きつける。
マルセル・プルーストは「土地の名」を発見したことで「失われた時を求めて」の執筆を始めた。
そう述べる批評家もいるくらいだ。

いま私が住んでいるこのあたりは須磨と明石にはさまれている。
須磨、明石は源氏物語にも登場するから古い地名である。

だから、地名の由来を語る俗説もいっぱいある。
たとえば、須磨は摂津国の西のすみっこだから「すま」という地名が付いたーなど。

こんなのは無論こじつけにすぎない。
しかし地名の成立に何らかの「意味のはたらき」を求めるなら、こじつけであれ何であれそれらしい理屈を考えざるを得ない。

その点、いま私が住んでいるこのあたりは高度成長期に宅地開発が進んだところだから、地名の詮索は簡単だ。
たとえば、「星陵台」、「松が丘」など。

いつ、だれがつくった地名なのかすぐわかる。
開発時に業者がつくったのだ。
もちろん「意味」をちゃんとくっつけて。

こうして地名についてあれこれ考えてみるのは、益はないけれど退屈しない。

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2018年5月26日 (土)

土地と名前(その4)

「私がいまいるところ」は、私という存在の原点である。

だから、わたしたちはその原点を確認し把握し、あわよくば支配するために土地に名前を付ける。
前回はおおよそそんなお話だった。

その地名の由来は、命名した当人にはわかっていよう。
しかしその人ははるか古代の人なのだ。

現代に生きるわたしたちが生まれた時にはもうその地名はあった。
だから地名は分かっていても、一体どうしてそのような名前が付いたのかはわからない。
由来がわからないと、存在の基盤は盤石とはいえない。

だから、徒労とわかっていてもわたしたちは地名の詮索に向かう。
「智頭」という地名はどのようにしてできたのだろう?

地名の詮索にあたって、まず漢字の束縛から自由にならないといけない。
漢字は意味表示機能が強力だから、ついつい漢字が発する意味に引きずられて迷路に踏み込んでしまう。

地名は漢字伝来のはるか昔から存在したのだから、ここから先は「智頭」ではなく「ちず」(あるいは「ちづ」)と表記しよう。

100万年前、ちずにはまだ人はいない。
ちずどころか、日本列島があったかどうかもあやしい。
そのころ、わたしたちはまだ東アフリカの峡谷にいた。

縄文遺跡が発見されているから、1万年前くらいにはちずには人が暮らしていた。
ユーラシア大陸から渡ってきた人々は最初、日本海の沿岸に集落を作った。
そこから徐々に内陸に進出していったにちがいない。

ともあれ、縄文時代にはちずには人がいた。
でも、個体識別のための人名はまだなかった。
現代のような「個人」の概念はまだ確立していなかったから、人名などなくてもさほど困らなかった。

しかし地名がないのは大層困る。
自分たちが暮らしているここはどこだ!?

ちずの縄文人たちは、きっと大変な存在不安に駆られたことだろう。

それに応えて、ある人がつぶやいた。
そうだ、この地を「ちず」と呼ぶことにしよう!

その人は、村の長老だったろうか?
それとも、みなに知恵者として敬われていたひとだったろうか?

あるいは特定の個人ではなく、村人の集合的無意識が生み出したのかもしれない。
特定個人など確かめようもないのだから、集合的無意識のなせるわざ、としておくのが穏当だろう。

それにしても、命名の由来は依然としてわからない。
私見では、かくかくしかじかでこの地名ができた、という類の解説はすべてあとづけの知恵にすぎない。

この山間の小天地がどのような理路で「ちず」という日本語音と結びついたのか、という問いに対する答えはひょっとすると神さまの領域にしかないのかもしれない。

それはさておき、「智頭町史」というものができているのなら、その先史時代の部分を読んでみたいものだ。

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2018年5月20日 (日)

土地と名前(その3)

「私がいまいるところ」は、ある意味私という存在の原点である。
原点が定まってこそ、私は私をとりまく世界の空間構成を把握することができる。

その原点を確認することを手始めにわたしたちは自分なりの世界秩序の形成に乗り出すのだ。
自分の原点があいまいで確かめることがかなわなければ、わたしたちは途方に暮れるしかない。

だから、人は土地に名前を付ける。
名前を付けて、存在の足場を固める。

ほら、ビルの根っこの部分によく「定礎」のプレートが貼ってあるのを見かけますね。
あれと同じ、まず自分の礎を定めるのだ。

地名をつけるという大仕事をすでに過去の人がやっている場合は、今度はその由来について異常な関心を示す。

和銅6年5月、朝廷は風土記撰進の官命を発している。
その中で特に「山川原野の名号の所由を言上せよ」と述べている。

地名を把握すること、その由来を明らかにすることは、その土地をルーツとする人々にとっては自分たちの存在をたしかめることであるけれども、中央政権にとってはその土地を管理することでもあったと思う。

GWのある晴れた一日、私は鳥取県智頭町を歩いていて「智頭」の地名の由来について思いをはせていた。
古代人だけでなく、現代に生きるわたしたちだって地名に対する関心は浅くない。

このことはもちろん日本だけの現象じゃない。
10年前にもお話ししたことだけれど、「失われた時を求めて」の最初のほうに貴婦人のサロンでフランス各地の地名の由来についてえんえんと蘊蓄をかたむける物知りが登場する。

どうやら地名に対する人々の関心は古今東西変わらないようだ。
地名がわたしたちの存在の原点であることを考えれば、このことも納得できる。

ただ、地名と人名を対比した時には東西の差が出る。

世界の空港の名前には、J.F.ケネディ空港やシャルルドゴール空港のように、公共施設に人名、それも比較的最近の実在の人物の名を付けることが珍しくない。
また、空母「ジョージ・ワシントン」なんてのもある。

日本では首都近郊に第3の空港を作るとして、その空港に「安倍晋三空港」なんて名前を付けることなど考えることもできない。
軍艦だって「大和」であり「武蔵」であって、「東郷丸」なんて命名はできない。

総じて西洋では事物の名づけにあたって個人のキャラが立つことを厭わないようだ。
これに対して、日本では人の名が土地の名をさしおいて前に出ることなどありえない。

日本では地名は自分たちの存在の原点であり絶対的なものだけれども人名はしょせん相対的なものにすぎない、と観念されているせいかもしれない。

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2018年5月13日 (日)

土地と名前(その2)

ゴールデンウィークのとある一日。
その日は申し分のない五月晴れだった。

鳥取県智頭町に行った。
智頭鉄道の「恋山形」駅に降りた。

駅は「恋」のコンセプトでアピールしているらしく、駅舎が派手なピンク色に塗りたてられていた。

あまり趣味がよくない。
新緑の山林に囲まれたまわりの景観とまるで調和していない。

「恋」のコンセプトで地域振興を図りたい気持ちはわかるが、駅長さん(無人駅だけれど)、町長さんには一考をお願いしたい。

駅からてくてく20分ほど歩いて、6年前に廃校になった旧山形小学校に行った。

いまはその一部が智頭林業資料館として再利用されている。
そのほか山形地区振興協議会などいくつかの団体、会社の事務所が入っている。
「五感のチカラ研究所」や「京都大学デザイン学大学院」なんていう看板もかかっていた。

あいにくカギがかかっていて中に入れなかった。
古びた校舎の裏手に回って、雑草の生えただれもいない校庭で深呼吸をした。
森のにおいがした。

この山あいの町は「ちずちょう=智頭町」という。
名前があるからには、いつか、だれかが付けたにちがいない。

いつ、だれが、どういういきさつで付けたのだろう?
歩きながら考えた。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
起源は古代にたちこめる深い霧のかなたに隠されてしまっている。

そんなことは分かっているのだが…。

ネットで少し調べてみると、地名の由来としてみっつほど説が紹介されていた。

1.「チ(道)・ズ(頭)」(都から因幡国に入る最初の郡)の意
2.「ツツ(筒)」状の地形の土地の意
3.マオリ語の「一番高いところに位置する土地」を意味する「チヒ・ツ=TIHI-TU」の転訛

1について
「ち」という日本語音が「道」を意味するのは分かるが、「頭」を「ず」と読むのは字音である。
つまり漢字が伝来してからの読み方だ。
「ちず」の地名は漢字以前からあったのだからこの解釈はおかしい。

2について
古代の人々はなにごとにつけ素朴だったからこの説はあり得る。
北信濃の妙高山だって、古くは単に「なかやま」といった。
里人がまわりの景観を見渡したところ中央にどっしりそびえているのでそう名付けた。
漢字が入ってきて「なかやま」に「名香山」の文字を当て、さらにその音読みを好字に変換して「妙高山」になったのだ。

3について
奇想天外、荒唐無稽。

本当に地名について考え始めるときりがない。
2008年の秋にも、このブログで何回かにわたって地名について考え続けた。
10年たっても同じことをしている。
われながら進歩がない。

しかし、土地はわたしたちの存在を支える文字通りの基盤である。
「私は今どこにいるのか?」という問いに答えがなければ、わたしたちは不安で仕方がない。

だから、土地に名前を付ける。
名前を付けて認識し、あわよくばわたしたちの管理下に置こうとする。

だから土地の名前のほうが人の名前より先なのだ。
人の名前は土地の名前に由来することが多い。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
それでも、地名のルーツへの情熱は冷めない。

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2018年5月 6日 (日)

「ことば」と「ことのは」

「ことば」ということばのほかに「ことのは」という雅語が古くからある。

日常会話ではほとんど使われることがない。
しかし、雅語なので文学やアートの分野ではたまにタイトルや屋号として使われる。

たとえば、「君の名は」で有名になった新海誠監督には「言の葉の庭」というアニメがある。
神戸には、「言の葉オフィスかのん」という話し方研修の事務所もある。
「言の葉大賞」ということばをテーマにしたエッセイのコンテストもあるようだ。

「ことのは」は古今和歌集の仮名序にも登場するくらいだから、けっこう古いことばである。
では、「ことのは」のほうが原型で「ことば」はその短縮形なのだろうか?

いや、その逆ということも考えられる。
「の」を付加することで、飾り立てたのかもしれない。

いずれにせよ「ことのは」ということばを手掛かりとして、わたしたちはことばの本質に迫る旅に出ることができる。

「ことのは」は漢字では「言の葉」と表記されることが多い。
しかし、「事の端」と書くこともできるのではないか?

つまり事物の切れっ端、断片。

わたしたちを取り巻く世界を細かく分節してゆくと、無数の事物の切れっ端が生じる。
そのひとつひとつが個々の「ことば」、つまり単語と考えてはどうだろう。

ひとつながりの世界をあえて分節して、わたしたち人間が認識することが可能になるようにすることがことばの最大の作用だ。
「ことのは」ということばはそのことばの本質的な作用を端的にあらわしている。

「ことのは」という語のほかに、「このは」ということばもある。

「このは」は「木の葉」である。
だから、「ことのは」とは関係がない?

いやいや「木の葉」の「葉」もやはり「端」なのだ。

木の主役は太い幹とそこから伸びる枝である。
細かな葉がその端に無数に生えている。

だが、ひとたび風が吹くと葉っぱは切れ切れになってはかなく散ってゆく。
だから、はかないもの、とるに足らないつまらないものを「こっぱ」という。

「木っ端」であり「木っ葉」である。
「木っ端役人」などとさげすんだりする。

「ことのは」も「このは」もはかないところが共通している。
ことばは人の口から出た瞬間にあとかたもなく消えてしまう。
本当にはかない存在である。

しかし、「このは」はつまらないものと認識されることがあるけれど、「ことのは」はそうじゃない。
「ことのは」ははかないけれど、人間存在の本質的なところとつながっている。

そこが違う。

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2018年4月29日 (日)

ことばと自然

前回は身のほど知らずにも、ことばの再定義を試みた。

しかしこれ以上追究するとぼろが出そうなので、このあたりで話題を転換しよう。

たしか前々回は、日本語話者は西欧の人々と違って自然との垣根が低いというお話をしたと思う。
日本語話者にとっては、動物たちはもとより草も木も花も、山や川や海も、そして雲や風もみーんなともだちなのだ。

その証拠に日本人の姓には自然の風物を取り込んだものが多い。
大山さん、小川さん、中谷さん、石田さん、西野さん、高木さん、藤原さん…。
いくらでも出てくる。

そう、日本列島の人々は自然とつながっているのだ。

とすれば、ひょっとして日本語も自然とつながっているのでは?というアイデアが当然に浮かんでくる。

オノマトペが豊富、という日本語の大きな特徴はそのひとつだろうけれど、それだけじゃないと思う。
たとえば、ずっと以前このブログでもお話ししたことだけれど、さ行音を含む語にはなぜかさわやか感を喚起することばが多い。

さわやか
しおさい
すずしい
せせらぎ
そよかぜ

が行音やだ行音など濁音が語頭にくる語は、このようなさわやかなイメージを喚起することはできない。

これはほんの一例だけれども、子細に調べていけば日本語が自然と通底していることがわかるはずだ。
ソシュールには申し訳ないけれど。

これに対して西欧の諸語は、ヨハネ福音書の記述でも明らかなように一神教の神さまを抜きにしては語れないと思う。

宇宙開闢のとき、神さまは「光あれ!」ということばを発して世界創造の事業に着手した。
ことばそのものは神さまが作ったのか、それとも神さまとともにあったのかつまびらかにしないけれど、いずれにせよ神さまはその後人間を作り、自然を作り、そしてことばを人間に贈った。

したがって、ことばと自然ははじめから分離していたのだ。
だから、ソシュールのテーゼも成り立つ。
神さまの気まぐれを考えれば、言語の恣意性もさもありなんと思う。

このように、キリスト教世界では神さまと人間と自然との間には越えがたい垣根が厳として存在している。
しかし日本列島では、人間と自然との間の垣根が低いばかりか神さまとの間だってそんなに垣根はない。

えべっさん
すみよっさん

なんて呼ばれている神さまなど、わたしたちのすぐ隣にいるともだちのような気分だ。

日本列島では人も自然も神さまもみんな友達づきあいをしている。
そして、その間をことばが自由に行き交っている。

「草木言問う」のももっともなことなのだ。

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2018年4月21日 (土)

ことばの再定義

「ことばとは何か」という私につきつけられた難問に答えるために、前回はとりあえず辞書の定義を参照した。

もう一度おさらいするなら、

「人間の言語。社会的に決められた音の組み合わせで、意志、思想、感情などを表現するもの、広くは文字によるものもいう」
これは明解国語辞典の定義。

そして、「ある意味を表すため、口で言ったり字に書いたりするもの」
これは広辞苑の定義。

英英辞典でも「by written or spoken words」とある。

おそらく世界の諸語の辞典をひもといてみても同じことだろう。

つまり、ことばは人間から離れられない。
そして、もうひとつ大事なことは「言う」や「書く」という人間の行為と固く結びついていることだ。

ここで私にはすぐひとつの疑問が浮かぶ。

じゃあ、心の中、頭の中で活動している「ことば」はことばじゃないのか?

口にこそ出さないけれども、わたしたちが思い、考えるのはことばによってである。
ことばが存在しなければ、わたしたちは思い、考えることができない。

それでも辞書の定義に当てはめれば、わたしたちの心の中、頭の中で活動している「ことば」はことばじゃないことになる。
なにしろ音声化されないのだから。

これら内的言語(私はあえて言語ということばを使わせていただく)は客観的に認知できないしろものだから、言語学者たちはこのような定義を作って内的言語を排除したのだろうか?

しかし、人間の思考を支える内的言語を排除したことばの定義は、私には受け入れがたい。
(われながらずいぶん力んでます)

身振りのことを「ボディランゲージ」という。
身振りも音声を伴わないけれど、何らかの情報を発信している。
コミュニケーションの機能を果たしている。
だから、定義では「ランゲージ」ではないけれども「ボディランゲージ」と呼ばれている。

ことば自身も自分たちの定義を拡大したがっているように見える。
言語学者は嫌がるかもしれないけれど、ことばの定義から音声という要件を外してもいいのではないか?

世界を分節するための記号の体系であり、特定の意味を持った情報を発信するためのさまざまな象徴の体系。
という定義はどうだろう?

これなら、音声化されない前言語的な活動も「ことば」としてすくいあげることができる。

そしてこの定義では、必ずしも人間という主体が前提となっていない。
とすれば、ここでは「草木言問う」という感性も成り立つはずである。

とはいえ、私のこのような妄想的定義が受け入れられるとは思えないが…。

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