2018年1月21日 (日)

ことばへの向き合いかた(その5)

古来、日本列島の人々は言語に関心がなかった。
だから、聖書とちがって古事記や日本書紀には言語に関するエピソードがない。

関心がない、というのは言い過ぎかもしれない。
しかし、関心があったとしてもそれはもっぱら言語の実用面に限られていた。

だから日本の言語教育はすなわち文字教育だっだ。
わたしたちの言語活動における文字の実用的効能に着目し、「読み書き」能力を身につけ高めることが目的のすべてだった。

社会の中でいいポジションにたどり着くためには「読み書き」能力は必須だったから、生徒たちも余計なことは考えずにひたすら文字学習に精を出した。

西欧の言語教育はやや趣が異なる。

西欧には、古代ギリシャ・ローマに端を発する「自由七科」の伝統がある。
リベラルアーツとも言う。
より良き市民として心得ておくべき必須の教養とされた。

「七科」とは文法学、修辞学、論理学、数学、幾何学、天文学、それに音楽。
このうち文法学、修辞学、論理学の3科目が言語にかかわる科目だ。

文字教育オンリーの日本の言語教育と違って、ずいぶん幅が広い。
言語のさまざまな側面に目配りが利いている。

文字教育も当然なされていたはずだけれど、自由七科には入っていない。
漢字に比べれば、アルファベットははるかに数が少ないから修得するにも手間がかからない。
重要な教育科目に位置付けるまでもない、ということだろうか?

いずれにせよ、言語の実用面だけでなくより総合的にとらえようという気構えを感じる。
このような気構えの中から言語学も生まれてきた。

ことばは、いつ、どのようにして誕生したのだろう?
そもそもことばは人間にとってどのような意味を持つのだろう?
ことばはどのような構造になっているのだろう?
世界中のすべての人々が分かり合えるような共通言語は作れないだろうか?

このようなことばをめぐる疑問や発想も、自由七科のような教育伝統があってこそ生まれてきた。

ひるがえって日本では文字教育に資源を集中してきた。
そのおかげで江戸時代には識字率もずいぶん向上し、その後の急速な近代化のための好条件になったことはたしかだ。

その反面、言語そのものを客観的な思考の対象として取り上げる、という発想や習慣は生まれなかった。
日本語学も本居宣長のような先駆者はあったものの、本格的に動き出したのは西欧の言語学が輸入されてからのことだ。

結局、日本語話者はことばを徹頭徹尾便利な道具としてとらえてきたのだ。
であるからには、その道具を使いこなすことに習熟できればそれでいい。

たしかに言霊信仰はあったかもしれないが、ことばの不思議な力に恐懼するだけでその力の源泉に迫ろうとはしなかった。
言語に対する認識の深まりがなかった。

ことばへの向き合いかたの、東西の違いをつくづく感じる。

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2018年1月14日 (日)

ことばへの向き合いかた(その4)

空海と言えば、庶民にも開かれた総合教育施設「綜芸種智院」を開いたことでも知られている。
いま、伏見にある種智院大学はその衣鉢を継いでいるとうたっている。

空海が綜芸種智院を設立したことは高校の歴史教科書にも載っている。
しかし、そこではどんな先生がどんな科目をどのように教えていたのか、という具体的な内容になるとほとんどわからない。

その当時の国立、公立学校である大学・国学では貴族たちの子弟を対象に統治の学問である儒教を教えていた。
一方、各地のお寺では僧侶を目指す者を対象に仏教を教えていた。

綜芸種智院はその両方を総合したような学校だったらしい。
生徒の身分制限もなくした。

どんな子供たちが学びに来たのだろう?
女の子もいたのだろうか?
授業料はただだったのだろうか?

調べてみたいことは山ほどあるけれど、残念ながらそのひまがない。

想像するに、仏教の基本経典(設立者が空海だから、密教系の経典?)や論語・孟子などの儒教文献が講じられていたのだと思う。

だからその前提として、読み書きつまり文字教育が行われていたはずだ。
ずっと時代を下って、江戸時代の寺子屋でも「読み書きそろばん」が主要科目だった。

話しことばと違って、書きことばは自然には身につかない。
教育という自覚的なプロセスを経て、はじめてそれを使いこなすことができる。

だから文字を導入した社会ではどこでも学校が作られ教育が行われる。

まず、文字を覚えなければならない。
空海の時代なら漢字だし、江戸時代の寺子屋ならそれに加えてかなも学ぶ。

文字を覚えて先哲の著作を読み上げる。
「子、曰く…」と子供たちの高い声が寺子屋の座敷に響く。

のみならず、お手本を脇に置いて書写をする。
さらに進んで、詩作のまねごとをしたりする。

ざっとこんなところが日本列島で展開された文字教育だった。
いまの小学校や中学校の国語教育も、基本的には空海の時代からの読み書き教育の伝統を受け継いでいる。

ところで、このような伝統を言語教育と呼んでいいだろうか?
たしかに文字教育ではあるけれど、言語教育と呼ぶにふさわしい一般性までには届いていないと思う。

少し前に、印欧語族との対比において日本語話者はことばの存在を当然の前提として受け入れその実用面にだけ関心を持ってきた、とお話をした。

そして、文字はその実用性を保証する実に便利な道具だった。
だから、日本語話者は古代から文字教育に情熱を注いできたのだ。

その分、言語そのものへの総合的考察や分析がおろそかになった憾みはあるが…。

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2018年1月 7日 (日)

ことばへの向き合いかた(その3)

日本語話者はことば(この場合は日本語)とべったり密着している。
ことばと多少とも距離を置いて、それを分析的思考の対象にしよう、などという意識は絶えてなかった?

そんなことはあるまい。
本居宣長以前にも、日本語に対して自覚的に向き合った人はいるにちがいない。

前回の記事を読んでそう感じられたかたは多いと思う。

たとえば、いろは歌を作ったという伝説のある弘法大師空海はどうだろう?

ご存じのように、空海は日本に真言密教を招来した。
その真言密教には、特異な言語哲学がある。

少し前、井筒俊彦さんが高野山大学でその言語哲学について語った講義録(「言語哲学としての真言」)を読んだことがある。

むずかしくて、正直よくわからなかった。
ただ、「うーむ、深遠だなあ」という感想を持った。

真言というのは、大日如来のことばだそうだ。
ことばではあるけれど、ふつうの人間が経験的世界で理解できることばじゃない。

わたしたちがふつうに使っていることばの母体に当たるもの、ひとつ次元の上のことば。
前言語または超言語といってもいい。

空海に「声字実相義」という著作がある。
私はまだ読んだことはないけれども、この大日如来のことばについて、そしてそれがわたしたちのふつうのことばに展開してゆくプロセスについて説いているのだそうだ。

つまり空海は、たしかにことばに対して学問的に向き合っていた。
これでも、日本語話者はことばを分析的思考の対象にしようなどという意識は絶えてなかった、と言えるのか!

そうお怒りになるのもわからぬではない。
しかし、空海は例外中の例外ではないだろうか?

何しろふつう20年と定められている留学期間をたった2年で切り上げて、日本に真言密教の神髄をもたらしたのだから。

長安で恵果に出会ってから、真言密教の免許皆伝を受けるまでほんの数ヶ月のことだ。
もちろん、恵果は中国語で真言の教えを伝授した。

空海は語学の天才であり、なんといってもスーパーマンなのだ。
日本人にとっては半神的存在なのだ(お坊さんを指して神さまと呼ぶのは変だけれど)。
その証拠に今もなお高野山の奥の院で入定しておられる。

という次第で、ここで空海を持ち出されても困る。
やはり冒頭の私の断定は、おおむね妥当するのではないだろうか?

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2017年12月31日 (日)

ことばへの向き合いかた(その2)

日本語話者はことばに冷淡?
そんなことはあるまい。

前回の記事を読まれてそう感じられた方も多いと思う。

日本語話者は古来ことばを愛してきた。
その証拠に、どの新聞にも短歌欄や俳句欄がある。

毎日、市井の人々が詠んだ短歌や俳句が掲載されている。
海外の新聞にそんな例があるだろうか?
毎日、ごく普通の人々が短詩を投稿しているだろうか?

日本全国津々浦々で、ことばを愛する人々の歌声が響いている。
これでも日本語話者はことばに冷淡と言えるのか!

言われてみればたしかにその通りだ。
しかし、ことばという存在あるいは現象に対する向き合いかたという点では、別の解釈もできる。

ことばは気が付いたらそこにあった。
自分たちの思いや感動を表現するには便利な道具、ということも分かった。
だから人々はめいめいその表現手段を磨くことの情熱を注いだ。

つまり日本語話者はことばを当然の前提として受け入れ、だれがそれを創造したのか、何のために存在するのか、どんな構造をしているのかというところまで掘り下げることはなかったと思う。

日本語話者はことばに対して、畏敬の念を持っていない?
そんなことはあるまい。

前回の記事を読まれてそう感じられた方も多いと思う。

日本にも古来言霊信仰があった。
ことばには不思議な霊力が備わっているという考え方だ。

万葉集にも、「しきしまの大和の国は、言霊の幸きはふ国」というフレーズが見える。
だから日本語話者は、古くからことばを特別な存在としてあがめていたのではないか?

たしかにその通りかもしれないが、これまたことばの存在を当然の前提として受け入れ、そこに感じた霊力を畏怖した、ということではないだろうか?

つまり、日本語話者はことば(この場合は日本語)とべったり密着しているのだ。
多少とも距離を置いて分析的思考の対象にしよう、などという意識は絶えてなかったと思う。

だから言語学も発達しなかった。
日本で言語学の萌芽が生まれたのは、せいぜい本居宣長あたりからではないだろうか?

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2017年12月24日 (日)

ことばへの向き合いかた

ジョン・ウィルキンスの分析言語やエスペラントをはじめ、古来人工言語の試みや提案はたくさんある。
世界中の人々が分かり合える理想の言語を作り上げようという熱意は衰えることがなかった。

しかし…。
注意深く調べてみると、その開発者は例外なく印欧語族に属する人々なのだ。

前回はその理由としてかれらの先祖がバベルの塔の無謀な挑戦によって世界の言語を混乱に陥れたというやましさがあったからではないか、といううがった見方をしたのだが。
もちろん本当のところはよくわからない。

それよりも今は、ひるがえってなぜ日本や東洋の人々は人工言語を作り上げようとしなかったのか、という問題に焦点を当ててみたい。

かねがね疑問に思いかつ繰り返しこのブログでも触れたことだけれど、どうも日本語話者は古代からことばという「もの」あるいは「こと」に対して関心が薄いように思う。
もっと言うならば、ことばに対して冷淡であるように思う。

ことばなんてあって当然、何をいまさら考えることがあるの?

ことばはいつ、だれが、どのように作ったのだろう?
この世界に相互に分かり合えない言語が多数存在するのはなぜだろう?

そんなこと考えるだけむだ。
そんなこと考えるひまがあれば、さっさと仕事しなさい!

日本語話者はこういう態度なのだ。

世界の数多くの神話と同様に、古事記や日本書紀も宇宙開闢のいきさつから説き起こしている。
まず、始源の混沌の中から三柱の神さまが「なる」。

そこに言語に関する言及はないけれども、人々は始源の神さまと同じくことばも「なる」と考えていたにちがいない。
神さまもことばも、自分たちがあれこれ悩まなくてもなりゆきに任せていれば自然に「なる」ものなのだ。

だからことばに関しては何も考えなくていい。
便利に使いこなすことができればそれでいい。

このあたり、印欧語族の人々のことばへの向き合い方と対照的だなあ、とつくづく感じてしまう。

旧約聖書にしろ新約聖書にしろ、言語には重要な役割が与えられている。
そこにはことばというものへの尊敬や畏敬の念さえうかがわれる。

洋の東西のこの違いは何に起因するのだろう?
やはり地理的環境なのだろうか?

ヨーロッパは地続きだから相異なる多様な言語と接する機会が多い。
そのたびに自分たちのことばとの違いに気づかされ、おのずから言語への関心が高まったのだろうか?
そのために、言語を客観的にとらえるすべを育んできたのだろうか?

ただ、日本語話者だって中国大陸や朝鮮半島の人びとのことばや北方諸民族の言語と接する機会は少なくなかったと思う。
印欧語族の人々との違いを、地理的環境だけに帰することは出来ないのではないか?

この点、どなたかご教示いただければありがたいのだが…。

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2017年12月18日 (月)

AIと言語の未来

近い将来、HAL9000のように人類への反逆を企てるコンピュータが生まれるかもしれない…。
そんな危惧を表明して前回は終わった。

しかし世の中、悪いこともあればいいこともある。
コンピュータの発達のいい面にも目を向けなければ不公平というものだ。

たとえば、異なった言語の間を仲立ちするコンピュータあるいはAIを考えてみたい。
つまり、AIを応用した自動通訳や自動翻訳の可能性である。

ひとむかし前の自動翻訳ソフトはひどいものだった。
私も試したことがあるけれども、これは使いものにならないなと思ったものだ。
やはり自然言語の玄妙さには機械は太刀打ちできないのではないか、と思ったものだ。

それが最近ではかなりレベルが上がってきたと聞く。
少なくとも日常会話ではほぼ実用に耐えるものになってきたらしい。
増加する外国人観光客への対応のために自動通訳装置の導入が進んでいると、テレビのニュースでも報じられている。

AIは疲れ知らずで自己学習する。
これによって、プロの囲碁棋士をも凌駕する域に到達した。
ほんの数年前まではだれも考えなかったことだ。

だからこの調子でいけば、自動翻訳、自動通訳も数年のうちに人間の翻訳者通訳者を追い越すレベルに達するかもしれない。

たとえば、このブログだって瞬時にウクライナ語に翻訳してくれるかもしれない。
その文字テキストを即座に音声化することもできるかもしれない。
ウクライナの人々にこのブログを届けることができれば私もうれしい。

そんなことが決して夢じゃない時代にもうさしかかっている。
それが実現すれば、世界は、わたしたちはどうなるだろう?

かつてのタイピストのように、通訳者、翻訳者は失業するかもしれない。
語学学校は倒産が相次ぐかもしれない。

しかし、世界中の人々がことばの壁を乗り越え、分かり合えるようになる。
バベルの塔以前の言語の理想郷が再現される。

人びとはみな腕時計型の自動通訳機をはめている。
向こうから、観光客らしいグループがやってきた。

「………?」
日本語じゃないことばで、話しかけてきた。
どうやら何か尋ねているらしい。

私は少しもあわてない。
腕の自動通訳機を示して、身ぶりでここに向かって話せ、という。

「孫中山記念館にはどうやって行ったらいいですか?」
そう機械がただちに通訳してくれる。

なーんだ、そんなことか。
「孫中山記念館なら、ここからまっすぐ南に5分ほど歩くと六角形の洋館が見えてきますから、そこを目指して行ってください。では、よい旅を。」
と、機械に向かってしゃべればいい。

こうやって世界中の人々は難なくコミュニケーションができるようになる。

完璧な、そして究極の言語処理技術。
これは未来に誕生するかもしれないAIの神さまからの人類への贈り物かもしれない。

わたしたちにとって歓迎すべき事態であるには違いない。
しかし、喜んでばかりいてもいいのかどうか。

究極の自動翻訳、自動通訳が実現すれば、わたしたちは異なる言語を学習する意欲を失ってしまうかもしれない。
学校における外国語教育はどうなるのだろう。

母語だけに自足し異なった言語への関心を失ってしまったら、人間はどうなるだろう?
案外そこから人間の衰退がはじまるかもしれない。
私の杞憂であればよいが…。

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2017年12月12日 (火)

人工言語の復讐

人工言語はどんなによく出来たものでも、しょせん機械であり、道具であり、つくりものだ。

だから、人間の身体の一部である自然言語にとって代わることはできない。
万が一この世から自然言語が失われたなら、義手、義足のように人工言語を装着するかもしれないが…。

とはいえ、人工言語を甘く見てはいけない。

たとえば、コンピュータ言語を考えてみたい。
これは完ぺきな人工言語だ。

コンピュータはこの言語によって動いている。
この言語によってコミュニケーションを行っている。

いまを時めくAIさまも、もちろんこの人工言語によって思考(?)している。

どうも人間はこれまでAIを侮ってきたように思う。
ほんの数年前まで、コンピュータが囲碁の世界でプロ棋士と勝負するなんて百年早いよ、と言われたものだ。

それがどうだろう。
今ではプロの高段者が束になってかかっても、AIにはかなわない。

「AIは囲碁の神さまに近づいた…」
あるプロ棋士はそう述懐している。

そう、AIはいま神さまの領域に近づいている。
そう遠くない将来に、神さまそのものになるかもしれない。

神さまは始源にあって宇宙を創造し人間を創造したと聖書は語っている。

しかしそうではなく、実は神さまはこれから誕生する存在なのかもしれない。
人間のその予感を太古に投影したのが神さまだったのかもしれない。

いずれにせよ、AIの神が使っていることばがコンピュータ言語なのだ。

そして、そのコンピュータ言語を作ったのが人間だとすれば…。
人間と神さまは相互依存つまりもたれあいの関係にあることになる。

この先、一体どうなるのだろう?

AIはディープラーニングによって、囲碁の世界で急激に強くなった。
囲碁の神さまに近づいた。

AIは疲れることなく自己学習し、ディープラーニングをする。
やがて、人間の手を離れてそうするだろう。
「感情」を持つことだってあるかもしれない。

人間に反乱を起こすHAL9000もあながち荒唐無稽とは言えない。

かつて神さまは大洪水を起こして人間を破滅の淵に追いやった。
やがて神さまになるかもしれないAIが同じことをしないとも限らない。

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2017年12月 3日 (日)

語彙の作られかた(その6)

前回はJ.L.ボルヘスに拠ってジョン・ウィルキンスの分析言語を紹介した。
なかなかよく考えられた論理的な人工言語だけれども、遺憾ながらこれを使っている人はだれもいない。

人工言語の試みは過去にたくさんあったし、今もなお開発しようとしている人はいる。
しかし、エスペラントを除いてはどのようにメリットのある人工言語でも自然言語に勝てるとは思えない。

思うに自然言語、特に母語は手や足と同じく人間の身体の一部なのだ。
だから、子供は特に自覚することもなく自然に母語を身につける。

私にはとてもマスターできるとは思えないほど難しいチェコ語やポーランド語でも、当地の子供たちは難なく身につける。
成長とともに手や足が伸び、複雑な動作が可能になるのと同じように。

受精卵が分化して手足が伸び、徐々に人間らしくなっていくのは遺伝子の働きによる。

もし自然言語が手足と同じく人体の一部だとすれば、言語能力もまた遺伝子に書き込まれているのだろうか?
音韻組織や文法や基本語彙が、DNAの塩基配列としてあらかじめ組み込まれているのだろうか?

チョムスキーの生成文法理論も存外こんなところから着想を得たのかもしれない。
言語の物質的基礎、なんてことを考えてみたくなる。

ホモ・サピエンスは1属1種である。
だから、手足にしても皮膚の色や大きさが多少異なるくらいで基本的な構造や機能は人間だれでも変わらない。

それにひきかえ自然言語はそうじゃない。
たがいに理解不能な言語が何千とある。

この人間のことばの多様性を、言語の物質的基礎つまりDNAの塩基配列から説明することはできるのだろうか?
何百万年という進化の時間があれば多様性を獲得することは不可能ではない、とでもいうのだろうか?

言語の多様性の起源を考えてみたい。

現生人類は東アフリカの峡谷地帯で誕生しその後世界中に拡散して現在に至っている、というのが定説らしい。
とすれば、言語もまた同一起源から分化して現在のように多様な諸言語が成立したのだろうか?

しかし、同時多発的に何千という多様な言語が誕生したという考え方もあり得る。

旧約聖書は始源、人間の言語は一つであったと述べている。
バベルの塔のエピソードにはそう書いてある。

はじめに人工言語の試みは過去にたくさんあったとお話ししたけれど、面白いことにその試みは例外なく欧米人によるものだ。

自分たちの先祖がバベルの塔の無謀な挑戦によって人間の言語を混乱に陥れてしまった、というやましさがあるからだろうか?
そのために始源の言語の理想郷を回復するべく、人工言語の開発に情熱を注いだのだろうか?

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2017年11月27日 (月)

語彙の作られかた(その5)

ことばは一体だれが作ったものだろう?

このところ、この素朴な疑問が頭から離れない。
神さまなのか、人間なのか?

どちらの説にも、うなづける点もあれば泣きどころもあってにわかに軍配を上げることができない。
このことはこれまでるる考えてきたとおりだ。

そもそも、ことばという玄妙なしろものを人間が作れるものだろうか?
という根源的な疑問はどうしてもぬぐい去ることができない。

むろん人間は言語を創造しようとした。
そしていまもその努力は続いている。

人工言語、と言えばだれでも思いつくのはザメンホフのエスペラントだ。
今のところ、いちばん成功した人工言語と言っていい。

ただエスペラントにしても、語彙にせよ、文法にせよ、文字にせよ印欧語系の自然言語をもとにして作られている、という点では完全な人工言語とは言えないかもしれない。

自然言語が存在しなければ成り立たないからだ。

人工言語の試みはエスペラントのほかにもたくさんある。

たとえば、「ジョン・ウィルキンスの分析言語」という短いエッセイの中にそんな例が紹介されている。
書いたのは、ブエノスアイレスの国立図書館長だったJ.L.ボルヘス。

ボルヘスの紹介によれば、この分析言語はまず宇宙を40のカテゴリーに分け、そのカテゴリーは「差」に、「差」はさらに「種」に細分化される。

つまり、まず宇宙を多層的に分類し、それぞれのカテゴリーやその下位項目である「差」や「種」に文字を当ててゆく方式をとるのだ。

たとえば、「de」は四大を、「deb」は四大の最初である火を、「deba」は火の一部をなす炎を意味する、というわけ。

うーむ、論理的だなあ。

だから「さけ=鮭」という自然言語は、それが意味する対象については何の情報ももたらしてくれないけれども、
ウィルキンスの分析言語なら、「nara=鮭」は赤みがかった肉を持つ有鱗淡水魚であることを教えてくれるのだ。

こんなにメリットのある人工言語だけれども、いまの世の中でウィルキンスの分析言語など使っている人はだれもいない。

人間はいまも非論理的で、矛盾だらけで、要するにわけのわからない自然言語を手放さない。
この事実はいったい何を意味しているのだろう?

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2017年11月20日 (月)

語彙の作られかた(その4)

ことばは一体だれが作ったものだろう?

この素朴な、その意味で根源的な問いかけは十年来続くこのブログでも、繰り返し取り上げられてきた。
もちろん、答えなどあろうはずがない。

少し前にも、神さまからのプレゼント説と人間による自力創造説を比較検討したことがあった。
どっちもどっち、という結論になった。

たとえば、一つの手がかりは旧約聖書の創世記にある。

何よりもはじめに神があった。
神は「光あれ!」と言った。
すると光があった。

なんと宇宙開闢のはるか以前から神はあり、少なくとも「光」、「ある」ということばがあったのだ。
そのことばは神が創造したものか否か、ということはもはや想像すら及ばない。

神はその光と闇とを分けられた。
光を昼と名付け、闇を夜と名付けられた。

ここで、早くも名づけの起源が語られ、ことばが世界を分節するはたらきが語られている。

天地創造六日目に神は人間アダムを作った。
そして、みずから創造した家畜や鳥獣をアダムのもとに連れてきて名をつけさせた。

「こいつはヒツジ、これはラクダ、この変なのはカメ…」
こうしてアダムは調子よく名を付け、世界を分節していった。

そしてなんと自分のあばら骨から作られた分身にも「おんな」という名を付けたのだ。

おおむねこんな風に、旧約聖書は世界の成り立ちと語彙の作られかたを語っている。

ならば、他の神話伝説ではどのように語られているのだろう?

と思って、古事記や日本書紀を調べてみたのだけれど、記述がまったくないのですね、これが。

宇宙開闢の様子は描かれているけれども、その時点でことばが存在していたのかどうか、存在していたとすればどのようなはたらきをしていたのか、何も説明がない。

総じて、古事記や日本書紀はことばに無関心、あるいは冷淡な態度をとっているような印象がある。

ことば? そんなのあって当然。何をあらためて考える必要があるの? 考えて何かの役に立つの?

つまり現代のわたしたちと同じように、ことばを空気のように無自覚に扱い、特段意識することもなく使っているようなところがある。

聖書との違いが際立っている。

旧約聖書にはこのほかに、バベルの塔のエピソードのように世界には互いに通じ合わないことばが多数存在する理由にも並々ならぬ関心を向けている。

新約聖書のヨハネ福音書だって、「はじめにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」と言っている。

また、「すべてのものはこれによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」とも言っている。

さらに、「このことばに命があった。そしてこの命は人の光であった」と付け加えている。

洋の東西で、ことばに向き合う姿勢がどうしてこれほど大きく違っているのだろうか?

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